『テッド・ラッソ』だけじゃない。ロンドン南西部、リッチモンドを歩こう。

ロンドン中心部から西へ、地下鉄で30分程度、鉄道ならウォータールー駅から20分ほど。テムズ川が大きく蛇行する場所に、リッチモンド・アポン・テムズという美しい街があります。
近年、この街を世界中の人々に改めて知らしめたのが、テレビドラマ『テッド・ラッソ』です。2026年には待望のシーズン4もスタートし、リッチモンドは再びドラマの舞台として注目を集めています。作品の撮影では、リッチモンド・グリーンやパブ「The Prince’s Head」、テッドの住まいとして登場する一角など、実際の街並みが数多く使われています。
けれど、リッチモンドの魅力はもちろん『テッド・ラッソ』だけではありません。王室ゆかりの歴史、テムズ川の風景、英国を代表する画家ターナーを魅了した丘、そして広大な王立公園。地元民の筆者もおすすめしたい街。ロンドン観光の「少し先」へ足を延ばしてみませんか?
まずはリッチモンド駅に注目

リッチモンド駅は1937年に建てられた建物で、南部鉄道の主任建築家ジェームズ・ロブ・スコットが手がけたアール・デコ様式。2025年には大規模な修復が完成し、ポートランド石の外観やブロンズの扉、木製の装飾、1930年代を思わせるサインなどがよみがえりました。
街歩きのスタート地点である駅からして、リッチモンドはどこか特別なのです。
リッチモンド駅を出たら、最初に向かいたいのがリッチモンド・グリーン。芝生の広がるこの場所は、まさに街の中心です。
リッチモンド・グリーンへ行こう

リッチモンド・グリーンの近くには、ヴィクトリア朝の雰囲気を残すリッチモンド・シアターがあります。
1899年にオープンした歴史ある劇場で、『テッド・ラッソ』でも外観が撮影に使われました。現在も演劇やミュージカル、コメディなどが上演されており、単なる「ドラマのロケ地」ではなく、今も街の文化を支える現役の劇場です。
リッチモンド・グリーンの周囲には瀟洒な住宅や古い建物が並び、芝生の向こうにはリッチモンド宮殿の名残も見えます。ここを歩いていると、ロンドンという大都市の一部にいることを忘れてしまいそうです。
そして『テッド・ラッソ』のファンなら、グリーンの一角にある「The Prince’s Head」は見逃せません。

The Prince’s Head, Richmond
Address: 28 The Green, Richmond TW9 1LX, United Kingdom
ドラマでは「Crown & Anchor」というパブとして登場し、テッドたちが集まるおなじみの場所です。実際の店内で一杯飲めば、ドラマの世界に入り込んだような気分になるでしょう。2026年のシーズン4に向けても、この周辺では撮影が行われました。
グリーンから少し歩けば、テッドの住まいの外観に使われたPaved Courtもあります。細い路地と古い建物がつくる雰囲気は、いかにも英国ドラマらしい風景です。

リッチモンド・ブリッジからテムズ川へ
グリーンを抜け、坂を下っていくと、やがてテムズ川が見えてきます。

リッチモンド・ブリッジは1777年に完成した美しい石橋。橋の上から眺める川は、ロンドン中心部のテムズとはまるで別世界です。川岸にはカフェやレストランが並び、ボートがゆっくりと水面を進んでいきます。
ここから川沿いを歩くのがおすすめです。水辺を眺めながらピーターシャム方面へ向かえば、次第に建物が少なくなり、牧草地や木々が広がる英国らしい風景に変わっていきます。
その先にあるのが、知る人ぞ知る「Petersham Nurseries」です。

Petersham Nurseries
Address: Richmond TW10 7AQ, UK
ガーデンセンターとナーサリー、ショップ、レストランが一体となったような場所で、温室の中には植物や花、アンティークの家具などが並びます。1990年代後半から現在の姿へと発展し、2004年には大規模な改修を経て再オープンしました。現在も植物を中心に、季節の食材や環境への配慮を大切にしています。
観光地を「見る」のではなく、庭を眺め、食事をし、ゆっくり時間を過ごす。そんな英国らしい休日を味わえる場所です。
王の伝説が残るリッチモンド・パーク
そして、リッチモンド・パークへ。

約2,500エーカーにも及ぶ広大な王立公園には、鹿が自由に歩き、森や草原が広がっています。ロンドンの中にありながら、ここまで野性的な風景に出会えることに驚かされます。
公園の中でも歴史好きなら訪れたいのが「King Henry’s Mound」。古代の墳丘墓だった可能性もある場所で、現在は史跡として保護されています。ここからはセント・ポール大聖堂まで一直線に視界が開けます。
この場所には有名な伝説があります。1536年5月19日、アン・ブーリンがロンドン塔で処刑された日に、ヘンリー8世がこの丘に立ち、セント・ポール大聖堂方面から届く「処刑の合図」を待っていたという話です。
ただし、これはあくまで伝説。地元の歴史研究では、ヘンリー8世が実際にここに立っていたという証拠はないとされています。
史実かどうかはさておき、500年前の王と王妃の物語を想像しながら、現在のロンドンを眺めるのは、この公園ならではの楽しみでしょう。
ターナーが愛したリッチモンド・ヒル
リッチモンドを訪れたら、もう一つ絶対に外せないのがリッチモンド・ヒルです。

リッチモンド・パークのリッチモンドゲートから(あるいはハイストリートから坂を上って)テラス・ガーデンズへ向かうと、眼下にテムズ川と緑の谷が広がります。遠くには牧草地や木々が連なり、「ここは本当にロンドンなのだろうか」と思うほど。
この眺めは、18世紀から多くの詩人や画家を魅了してきました。なかでもJ.M.W.ターナーはリッチモンド周辺の風景を何度も描いています。現在もこの眺望は特別に保護されており、英国で唯一、国会法によって守られている景観とされています。
ドラマの舞台としてのリッチモンドが「人の暮らす街」だとすれば、丘の上から見るリッチモンドは、英国の風景画そのもの。天気や季節によって表情が変わるので、時間があれば夕暮れ時にも訪れたい場所です。
リッチモンドの魅力
リッチモンドの面白さは、ドラマの世界と現実の街がきれいに重なっているところにあります。
リッチモンド・グリーンでテッドたちの姿を思い浮かべ、パブで一杯飲む。そのあとリッチモンド・ブリッジから川沿いを歩く。ピーターシャム・ナーサリーズでひと休みし、さらに広大なリッチモンド・パークへ足を延ばす。帰り道にリッチモンド・ヒルからターナーが見た景色を眺める。
そうすると、この街がなぜ『テッド・ラッソ』の舞台に選ばれたのか、少し分かる気がします。
そこには、英国らしいパブがあり、古い劇場があり、王室の歴史があり、芸術家を魅了した風景があり、そして人々が日常を過ごす川辺があります。
『テッド・ラッソ』をきっかけに訪れるのももちろん楽しい。でも、ドラマのカメラが向いていない場所まで歩いてみると、リッチモンドはもっと奥行きのある街だと気づくはずです。
ロンドン旅行で「もう一つの英国」を探したくなったら、ぜひ一日を使って訪れてみたい場所。それが、テムズ川と緑に抱かれたリッチモンドなのです。












