貴重なイギリス産紅茶『トレゴスナンティー』を味わう

イギリス産紅茶『トレゴスナンティー』

長らく存在しなかったイギリス産紅茶

イギリスといえば紅茶の国。そのため、紅茶はイギリスで作られていると思っている人も多くいらっしゃいます。しかし、紅茶の主な生産国は、インド、ケニア、スリランカ、そして中国。イギリスは主な生産国に含まれていないのです。

意外に思われるかもしれませんが、紅茶が誕生した国は中国です。福建省の桐木(トンム)という村で、おそらく17世紀初頭のことではないかといわれています。

中国で古くから作られてきたお茶は緑茶なのですが、明の時代の書物に、緑茶とは違う製法の記述が見られます。「新鮮な茶葉を日光によってしおれさせる過程で、蘭の花のような清香を発する」というもので、これは、紅茶の製造過程の一つとほぼ同じ。ですから、緑茶から紅茶へと、何らかのきっかけで、変化、発展していった可能性が高いのでしょう。

桐木村でどのように紅茶へと進化したのか、正確なところは分かりませんが、おそらく偶然が生んだ産物で、当初は大変少ない量しか出回らなかったものが、ヨーロッパの人々に評価され、原産地へのリスペクトもあり、大変な人気となったと思われます。

お皿に入った正山小種と呼ばれた桐木の紅茶の葉
桐木の紅茶は正山小種(せいざんしょうしゅ、ラプサンスーチョン)と呼ばれます
今では強い松の燻製香が付けられたものが一般的ですが、本来の正山小種は、火入れの際に付くほのかな燻製香と、
乾燥させた龍眼の実のようなフルーツの香りがしたといいます

1610年に初めて緑茶がヨーロッパへ渡り、やがて烏龍茶や紅茶が嗜好に合って、輸出がどんどん増加していきました。お茶に限った話ではないものの、対東洋貿易に関しては、いかにその独占権を得るかで戦争が起こるほど加熱したことは有名なお話です。

その後イギリスは、当時植民地だったインドやスリランカで紅茶を作れないかと考え、19世紀に大変な調査と研究、栽培と製造の試行錯誤をし、大きな産業へと発展させていきました。

17世紀に初めてヨーロッパにもたらされた東洋の貴重なお茶は、王侯貴族たちの間で珍重され、それを嗜む洗練された文化が発展。1840年頃にイギリスでアフタヌーンティーが誕生し、優雅な紅茶文化として花開いていきます。

つまり、もとより紅茶の産地はアジアで、文化として発展した地がイギリスということなのです。

中国・雲南省辺りの茶畑と、白く小さな花が咲いたお茶の木
お茶の木は椿科の常緑樹
中国・雲南省辺りが原産と考えられています
秋から初冬にかけて、白く小さい花がうつむいて咲きます

イギリスは緯度が高く冷涼なこともあり、温暖な気候を好むお茶の木はなかなかうまく育ちませんでした。

実際、第2次世界大戦中の1940年から1952年までは紅茶が配給制になったことから、なんとかイギリス国内でも生産できないかと試みられています。残念ながらうまくいかず、商業ベースに乗せるほど十分な量を生産することは叶いませんでした。

長らくイギリス産の茶葉で作った紅茶が生まれなかったのは、このような経緯からでした。

常識は本当に正しかったのか?イギリス産紅茶への挑戦

「イギリスでお茶の木は育たない。」

それが常識となり、誰も疑う人がいなかった中で、イギリスでもお茶の木が育つのではないか?そう考えた人がいました。それが、イギリス・コーンウォール地方の都市トゥルロにある大庭園『トレゴスナン』のヘッドガーデナー、ジョナサン・ジョーンズ氏です。

彼は、冬の寒さが厳しいインドのダージリンや日本でも茶の栽培が出来ていること、ダージリンから移植した他の植物がトレゴスナンで元気に根付いていることなどから、お茶の木もこの地で育つに違いないと考えて取り組みを始めます。

ちなみに、トレゴスナンは、コーンウォールの言葉で『丘の上の領主の家』という意味。1335年から貴族のボスコーウェン家によって守られていて、およそ200年前に日本から移植した椿の屋外栽培にイギリスで初めて成功したのも、このガーデンです。

山肌に拡がるインド・ダージリンの茶畑
インド・ダージリンの茶畑
標高およそ500~2000mの山肌に茶園が広がります
冬は寒さで芽吹かないので、紅茶の生産は行われません

このようなことから、ジョナサンは確信を持って、インドや中国などの産地に渡り、茶の木の栽培と製造方法を学んだそうです。

トレゴスナンで最初にお茶の木を植えたのが1999年。以後試行錯誤を重ね、2005年に少量ながら販売することに成功します。

その紅茶は、中国種のお茶の木から作られたもので、茶葉は手摘み。手もみで仕上げられたものでした。

私自身がトレゴスナンティーを初めて口にしたのは、販売開始後何年か経ってのことだったと思います。あっさりしていて、ダージリンに似た青みを持った紅茶だったと記憶しています。

イギリス産紅茶『トレゴスナンティー』を味わう

トレゴスナンのブレンドティー『AFTERNOON TEA』のパッケージ

今は、トレゴスナンから色々なタイプのお茶が販売されていますが、全体的にはまだ生産量が少ないことから、トレゴスナン単独の紅茶は大変貴重で入手が困難。主にインドなど他の産地とブレンドしたものが販売されています。

日本にも正規販売店があり、ネットで買うことができます。取り寄せましたので、飲んでみることにしましょう!

いくつかあるブレンドティーの中から、『AFTERNOON TEA』をセレクトしてみました。

カップ一杯分の個包装になった『AFTERNOON TEA』

茶葉はカップ1杯分、2.5gずつの個包装。封を切ると、茶葉からはダージリンに似た青さと香ばしさ、そして甘い香りを感じます。

お湯は85℃でとパッケージに。通常紅茶は熱湯で淹れますが、あえて渋みを抑えてまろやかさを引き出したいときは、緑茶を淹れるときのように温度を下げることもあります。ここは85℃でやってみましょう。

ティーカップに淹れたトレゴスナンティーの紅茶

150㏄のお湯でおよそ3分抽出してみますと、とても鮮やかな深みのある赤褐色の紅茶が出来上がりました。

口に含むと、旨味や熟した甘みを感じ、ダージリンに似た渋さは後味に。以前に飲んだものと比べて、味、香りともに輪郭がくっきりしていて、重厚感が増したようです。

トレゴスナンの紅茶は、もともとダージリンに近い味わいを持っているとのこと。AFTERNOON TEAブレンドは、トレゴスナンとダージリンのブレンドですので、一番トレゴスナンティー本来の味わいが感じられるそうですよ。

トレゴスナンティーのリーフレット
トレゴスナンティーのリーフレット
茶業だけでない様々な取り組みが紹介されています

トレゴスナンでは、単に栽培、製造をしているだけでなく、例えば、トレゴスナンエステートに滞在しながらオーダーメイドのブレンドを作成する体験会を開くなど、広くお茶を知ってもらう様々な企画をお持ちです。また、お茶事業だけでなく、恵まれた環境を生かしたツアーなどもあり、非常にスケールの大きい事業を考えていることが分かります。

コロナ禍にあって募集を停止している企画もあるようですが、今後ますます注目が集まることでしょう。どんな発展を見せるのか目が離せません。そして、いつかトレゴスナン単独の紅茶をもっと手軽に頂ける日が来るといいですね。待ち遠しいです。

≪参考文献≫
*『年表 茶の世界史』 松崎芳郎[編著] 八坂書房
*『英国特集[第4号]』 スチュワード・コミュニケーションズ(株) 

≪参考リンク≫
*Tregothnan: https://tregothnan.co.uk/
*BRILLIANT TEA: http://brilliant-tea.com


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島田枝里

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母の影響で、小学生の頃から毎朝の飲み物は紅茶。大学時代のイギリス旅行、局アナ(信越放送・TBS系列)時代に通った紅茶教室を通じて、紅茶愛を一層深める。産地、...

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