額縁のない美術館 ロンドン「FRAMELESS」

伝統の街ロンドンに生まれた、新しい美術館
ロンドンを訪れるたびに感じるのは、この街が伝統と革新を自然に共存させている都市だということである。歴史ある建築や美術館が街並みに溶け込み、新しい文化も溢れている。その象徴ともいえる場所が、マーブル・アーチ近くにある没入型アート施設「FRAMELESS」である。

美術館と聞けば、多くの人は静かな展示室で額縁に収められた作品を鑑賞する姿を思い浮かべるだろう。しかし、FRAMELESSには「額縁」がない。その名のとおり、作品は壁や床、空間全体へと広がり、鑑賞者は絵画を眺めるのではなく、その世界の中へ入り込んでいく。これまでの美術館の常識を覆す、新しいアート体験である。
館内では世界的な巨匠たちの作品が最新の映像技術によって構成されている。名画は音楽とともに動き出し、色彩が空間いっぱいに広がる。壁だけではなく床までもが一枚のキャンバスとなり、自分自身が作品の一部になったような楽しい感覚に包まれる。
FRAMELESSの館内は、作品の年代や画家ごとではなく、4つのテーマで構成されている。

Colour in Motion(色彩の躍動)
色彩や光の表現をテーマにしたギャラリーである。ゴッホやモネなどの名画が、ダイナミックな映像と音楽によって空間いっぱいに映し出される。

The World Around Us(私たちを取り巻く世界)
自然や街並み、風景をテーマにしたギャラリーである。レンブラントやカナレットなどの 作品を通して、四季や時間の移ろいや美しい景観を体感できる。

Beyond Reality(現実を超えて)
夢や幻想、想像の世界をテーマにしたギャラリーである。ダリやクリムトなど、現実を超えた世界観を描いた作品が、幻想的な映像演出によって展開される。

The Art of Abstraction(抽象芸術の世界)
色や線、形による表現をテーマにしたギャラリーである。カンディンスキーやモンドリアンなどの抽象画が、映像と音楽によって表現されている。
私が訪れた際には、これら4つの常設展示空間に加え、期間限定の特別展示が行われる第5のギャラリーも設けられていた。その時に開催されていた「Stories – Brought to Life」では、ウィリアム・シェークスピアやエリザベス2世をはじめ、ネルソン・マンデラ、エイミー・ワインハウス、マララ・ユスフザイなど、英国の歴史や文化にゆかりの深い人物たちの人生や功績が、映像と音楽を駆使した没入型の演出によって紹介されていた。

知識ではなく、感覚で味わう芸術体験
私自身、美術館を訪れることは好きである。だが、正直に言えば、すべての作品を深く理解できるわけではない。画家の生涯や時代背景、技法を知れば鑑賞はさらに面白くなるのだろうが、知識が足りないことで気後れすることも少なくない。
FRAMELESSでは、そのような不安はまったく感じなかった。作品の知識よりも、自分が何を感じるかが大切であるように感じた。映像と音楽に身を委ねているうちに、理屈ではなく感覚で作品を受け止めている自分に気づいた。芸術は難しいものではなく、もっと自由でよいのだと教えられた気がした。
それに対して「デジタルアートは本物ではない」という声があることも理解できる。確かに、本物の絵画には画家の筆遣いや絵具の厚み、長い年月を経てきた作品ならではの存在感がある。それは高精細な映像でも完全に再現できるものではない。
しかし、本物の作品とデジタルによる体験を分けて考える必要はない。むしろ、FRAMELESSは名画や芸術を身近に感じるきっかけを与えてくれる場所である。展示を通して、「名画の世界に触れてみたい」「作品が持つ世界観をもっと身近に感じてみたい」と思う人が増えれば、それは芸術との距離を縮めることにつながる。芸術との出会い方は、一つではない。
「見る」から「感じる」へ変わるアートの楽しみ方

印象的だったのは、館内に流れる穏やかな空気である。子どもたちは映像を追いかけ、大人は床に座って作品を眺め、恋人同士や家族連れが思い思いに時間を過ごしていた。その光景を見ていると、「芸術はもっと日常の中にあってよい」というメッセージを受け取ったような気持ちになった。
もちろん、写真映えする施設として人気が高いことも頷ける。実際、私も思わず何度もシャッターを切ってしまった。だが、写真に残せるのはほんの一瞬でしかない。空間を包み込む音楽や、映像が変化するたびに会場の空気が動く感覚は、その場に立った人だけが味わえるものである。だからこそ、この場所は「撮る」よりも「感じる」ことを大切にしてほしいと思う。
FRAMELESSが示す、これからのアートのかたち
AIやデジタル技術が急速に発展する今、芸術の楽しみ方も大きく変わろうとしている。FRAMELESSは、その変化を象徴する存在である。

ロンドンには数え切れないほどの名所がある。その中でもFRAMELESSは、「美術館へ行った」という記憶ではなく、「絵画の中を歩いた」という体験を持ち帰ることができる場所であった。旅先で出会う景色は数年後には薄れてしまうこともある。しかし、身体全体で芸術を感じた記憶は、不思議なほど鮮明に心へ残る。もしロンドンを訪れる機会があるなら、この額縁のない美術館で、アートの新しい可能性に触れてみることを勧めたい。
「Frameless」公式サイト:https://frameless.com/













