イギリスの様々なパンケーキのお話しとレシピ

実は色々あるイギリスのパンケーキ

毎年2月になると思い出すのがイギリスのパンケーキ。
ペラペラのまるでクレープのようなイギリスのそれは、お砂糖とレモン果汁で食べる、とにかくシンプルなパンケーキ。
ふだんはスコーンやヴィクトリアスポンジ、バノフィーパイにスティッキートフィープディング、数多ある他の魅力的なお菓子の陰に隠れてしまいがちですが、年に一度「シュロブチューズデイ(別名パンケーキデイ)」の時だけは間違いなく主役。毎年イースターの約1か月半前にやってくるこの特別な日については以前の記事(パンケーキデイのお話し&レシピ)をご覧になっていただくとして、今回は今年のパンケーキデイ2月21日(火)を前に、他にも存在する様々な姿のイギリスのパンケーキたちをご紹介します。

スコットランドのパンケーキ「スコッチパンケーキ」

まずは北のスコットランドから、その名も「スコッチパンケーキ」。

テーブルの上のスコッチパンケーキの上にはバターが。
スコッチパンケーキ

それは私たちも見慣れたいわゆるアメリカンタイプのパンケーキ。膨張剤を使用して、ふんわりと、少し小さめに焼き上げます。
ケルト民族の文化が残るスコットランドやウェールズでは、グリドルと呼ばれる平たい鉄板で焼くパンやお菓子が多く残っているのですが、これもそのひとつ。
卵と牛乳、小麦粉などで作るシンプルな生地をぽとりとグリドルに落として焼くので「ドロップスコーン」「スコッチグリドルケーキ」とも呼ばれます。

グリドルの上で焼かられる3枚のスコッチパンケーキ
グリドルで焼くスコッチパンケーキ

現在はフライパンで焼くことも多いスコッチパンケーキ、そのふんわりとした食感は、きゅっと絞ったレモンが鮮烈なイングリッシュ(ブリティッシュ?)パンケーキと違い、親しみのある優しい味わいです。

エリザベス女王のドロップスコーン

スコットランドのアバディーンシャーにあるエリザベス女王がお気に入りだったバルモラル城。ここに1959年アメリカのアイゼンハワー大統領が滞在した際にもこのパンケーキ(ここではドロップスコーンと呼ばれています)がふるまわれました。大統領はいたくお気に召したようで、後日、エリザベス女王はわざわざ手紙でそのレシピを送っています。
その手紙によると女王様のレシピは~
まずは卵2個にカスターシュガー大さじ4、牛乳1ティーカップを合わせます。そこに小麦粉を4ティーカップ加えてよく混ぜ、さらに牛乳1ティーカップ、クリームオブタータ小さじ3と重曹小さじ2、溶かしバター大さじ2を加える、とのこと。これで16人分だそうです(ちなみにここでのティーカップはおおよそ180~190ml程度です)。
計量単位がティーカップというのがなんともイギリスらしくてほのぼのしてしまいますが、それ以上に、バルモラル城でおふたりが和やかに焼き立ての「ドロップスコーン」を頬張られている姿が脳裏に浮かび、思わず笑顔になってしまいます^^

ウェールズのパンケーキ「クレンポグ」

ウェールズからは「クレンポグ」を。

プレートに盛られた6枚のグレンポグ、横のお皿にはバターが添えられている。
クレンポグ

クレンポグは古くからウェールズで作られてきたパンケーキ。バターミルクが入るため、ふんわりしつつもしっとりとした食感が特徴です。サイズはスコッチパンケーキよりは一回り大きめ。手軽に作れるので、朝食に、日々の紅茶のお供にと、お役立ちですが、伝統的にはシュロブチューズデイや誕生日、3月1日のSt. David’s Day(ウェールズの守護聖人聖デイヴィットの祝日) などのお祝いに食べられてきました。
現在は簡単に重曹で膨らませることがほとんどですが、昔はイーストを膨張剤とし、グリドルで焼かれ、小麦粉の代わりにオーツなどで作ることもあったようです。また、Crempog という不思議な響きの名前はウェールズ語由来のため。さらに遡るとブルトン語でパンケーキを意味するKrampouezhに由来しており、これはCrumpet(クランペット)の語源にもなっているのだとか。

クレンポグの作り方

① バターミルク225mlと無塩バター25gを小鍋に入れて火にかけ、バターが溶けたら火から下ろします。
②薄力粉140gをボールにふるい入れ、①を少しずつ加えながら滑らかな生地を作ります。
ラップをして室温で30分~1時間程休ませます。
③グラニュー糖35g、重曹小さじ1/2、塩一つまみ、卵1個、酢小さじ1を混ぜ合わせてから、②のボールに加えてむらなく混ぜ合わせます。
④フライパンを熱し、少量のバターを溶かし、③の生地を大さじ2杯程度流し、両面きれいな焼き色がつくまで焼いて完成です。

18世紀のパンケーキ「クワイアオブペーパー」

薄い生地を多層に焼いたクワイアオブペーパーを取り分ける
クワイアオブペーパー

イギリス人のパンケーキ好きは筋金入り。古いレシピ本を眺めていると、いくつものパンケーキが載っています。
18世紀のレシピ本によく登場するのは「Quire of paper(クワイアオブペーパー)」と呼ばれるもの。これは薄く薄く焼いたパンケーキをミルクレープのように重ねたもので、その名が示すとおり、紙一帖、つまり24~25枚のパンケーキが層をなしています。
大抵は間にサンドするのはグラニュー糖のみ、生地の配合は作り手により多少変わりますが、大抵の場合、クリームや卵がたっぷりで、お酒やナツメグ、オレンジフラワーウォーターなどが入った贅沢なものになっていることが多いようです。また、片面しか焼かないので、間にクリームなどをサンドしなくとも、いい具合に上下のパンケーキ同士が張り付き、一体感が出るようになっています。

19世紀のパンケーキ「ビートン夫人のパンケーキ」

1861年に出版されたビートン夫人の家政書「Household Management」にはパンケーキと名の付くものが3つ掲載されています。

ビートン夫人のHousehold Managementに記載されているパンケーキのページ
ビートン夫人のHousehold Management

一つ目は「フレンチパンケーキ」。こちらは少々変わり種。フライパンではなくオーブンで焼くタイプです。
生地は卵2個に、柔らかくしたバターと砂糖と、小麦粉、それぞれ2オンスずつ、それに牛乳半パイントを混ぜたもの。これを、バターを塗ったプレートに分けて入れ、20分オーブンで焼くとのこと。レモンと砂糖を添えるか、はたまた、ジャムなどを間に塗りながら積み重ねてもいいでしょうとなっています。果たしてどれくらいのサイズのプレートに、何枚に分けて焼いたらいいのかが不明ですが。。これで3~4人前だそうです。

二つ目は、その名も「パンケーキ」。現在の薄いイングリッシュパンケーキに近いタイプです。こちらの生地は卵1個に対し、小麦粉1オンス(約28g)、塩小さじ1/8、牛乳1ジル(約142ml)を混ぜ合わせたもの。1/2オンスのバターを溶かしたフライパンに1/2ティ―カップほど生地注ぎ、直径12㎝程度に広げて焼くこと約4分。薄いパンケーキにすることにより、難しい、ひっくり返す作業は必要ありません、焼くのは片側だけでいいですよ、とのこと。お砂糖をふってくるりと巻いて、皿に並べれば完成です。レモンやお砂糖を添えてテーブルへと書いてあるので、現代のスタイルとほぼ同じですね。

4枚のミセスビートンのパンケーキと、横に添えられているカットレモン
ミセスビートンのパンケーキ

また、より軽いパンケーキにしたい際は、卵黄と卵白を分けて泡立て、卵白は最後に加えると良いというようなアドヴァイスも付け加えてあります。
そして最後が「リッチパンケーキ」と名付けられたもの。
こちらは前述のクワイアオブペーパーに非常に近く、ミルクレープ状に積み重ねるスタイルです。生地も生クリームとシェリー、ナツメグ入りのリッチな配合で、間にお砂糖をふりながら重ねています。

女王様のグリドルスコーンにウェールズのクレンポグ、ヴィクトリア時代のパンケーキ、どれもそれぞれ美味しそう。 1年に一度のパンケーキデイだけではもったいない。日々のおやつに、朝食に、是非一度お試しを。


安田真理子

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仙台市出身 宇都宮にてイギリス菓子教室「Galettes and Biscuits(ガレットアンドビスケット)」を主宰。イギリスの暮らしに息づくお菓子の味・...

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