ワデスドンマナーに刻まれたロスチャイルド家の栄光
Part.2<現存する邸宅跡>
ワデスドンマナーを訪ねる
前回のPart.1のコラムでロスチャイルド家とワデスドンマナーの歴史を大まかに辿ってみたが、ここで実際のワデスドンマナー訪問に関してご紹介しよう。
この土地と建物の大まかな規模はすでに述べたが、事実ここへ赴くとなると話はもっと具体的になる。
車でここへ赴く場合、訪問者は以下のような映画の世界を体験することになる。ヒッチコックの映画「レベッカ」のお屋敷の入り口の門からお屋敷にたどり着くまでの長い道のりを思い浮かべてみてほしい。ジョーン・フォンテインの運転シーン、ヒッチコックおなじみのカメラワークを思い出す読者も多いだろう。ただし、この映画に詳しい読者はご存知だが、このマンデリー屋敷はスタジオセットで架空のもの。そして映画の中で見られる門から屋敷までの道のりは、ワデスドンマナーの比にならない。ワデスドンマナーの敷地面積は当時2,700エーカー、現在は約2倍の6,000エーカーと拡大している。
さて、前述の通り、フェルディナンドは庭園のデザインにフランス人建築家エリー・レインを起用したが、この庭園はフランスのフォーマルさとイギリスのロマンティックな公園のデザインが融合した独特のものになっており、つまりレインは、2.5マイル(約4km)の入り口から屋敷までの優雅な車道を巧みに設計した。この車道は、急な坂道を曲がりくねって登り、時折止まって風景を眺めたり、北の噴水にたどり着くまで完全には姿を現さない屋敷を垣間見ることができる。これが19世紀のイギリスのロマンティックな公園の基本的構図で、リージェントパークなどのロイヤルパークと呼ばれている公園に共通して見られる。左右対称のフランスのフォーマルな庭園と違い、自然に近い田園風景的な構図が特徴だ。特に建物に向かって作られる小道は、目的地の目の前にたどり着くまでその全貌が見えないようにデザインされることが多い。ゆっくりと、曲がりくねった道を進みながら、時々建物がちらっと見える。たどり着くまで、ワクワクしながら小道を楽しむ、そんなヴィクトリア朝の道のりの楽しみをワデスドンマナーは具体的に施している。ただし、4kmは長い。
現在は、車道に面したロスチャイルド家の紋章の施された赤い正門から少し進むとワデスドンマナーの入館料と駐車場の案内をしてくれる小屋があり、強風で急遽休館になったりするとここでその旨が告げられる。(私は2度経験がある)緑に囲まれた風景を楽しみながら長い曲がりくねった道をさらに車で進むと通常は噴水の北側に車を止める。車を出ると急に視界が開けて、突然屋敷が目の前に現れる。この儀式のような過程は誰もが体験し、何回言っても感動する。18世紀フランス様式の噴水が迎えてくれる。噴水から屋敷までまっすぐに歩いて、やっとそこで屋敷の中へ入場できる。
マナーハウスの外観は、16世紀のフランスのシャトー様式で、円錐形のとんがり屋根や塔、小塔、ドーマー窓が特徴だ。また螺旋階段の塔も特徴的。バース石の石造りで、黄味がかった灰色。お天気によって、色が微妙に変化し、時には赤みがかった褐色にもなる。何しろたくさんの装飾が外観の石細工、窓枠や柱、屋根のいたるところに施してある。
入り口は正面玄関から入り、順路に従って各部屋の内装、美術品のコレクションを、あたかもフェルディナンドがパーティーを催していた当時に戻ったように楽しむことができる。屋敷内は撮影禁止なので、限られた中から入手できる画像を紹介しよう。
写真で見るワデスドンマナー
ワデスドンは招待客に感嘆の声をあげさせるために作られた。
夏の週末のみ、フェルディナンド男爵の友人や家族をもてなすために使用された。鏡と大理石でできたダイニングルームは、ヴェルサイユ宮殿を思わせる。華やかな装飾が施されたテーブルには、当時のまま24人のパーティー用セットが展示されている。
ロスチャイルド家はそのおもてなしで有名で、このフランス風ディナーサービスを数多く取り揃えており、24人分に相当する400枚以上の陶磁器製品 を使用している。1766年に国王ルイ15世がオーストリアの王子に贈った王室献上品であるにもかかわらず、1980年代まで一族が使用していた。
王妃マリー・アントワネットのために作られた机、ルイ15世の娘のために作られた机、ヴェルサイユ宮殿の礼拝堂で使われていた絨毯など、屋敷内には18世紀のフランスの優れた品質と歴史を感じさせる多くの品々が置かれている。
暖炉の上に見えるのは、セーヴル王室御用達の磁器工場で作られた船の形をしたポプリポット3点。
この愛らしい象のオブジェは、1774年頃にフランスの時計職人ユベール・マルティネがロンドンで作ったものと言われている。
この時計仕掛けオートメートン(自動人形)には4つの音楽が組み込まれており、曲に合わせて胴体、耳、目、尻尾が動く。1889年にペルシャの国王がワデスドンに滞在した際、この象に魅了され、何度も演奏するように頼んだという。今年2021年、「ナショナル・トラストのコレクション125選の宝」のひとつに選ばれている。
この箪笥は、マダム・エリザベート(ルイ16世の末妹)が14歳でヴェルサイユに自分の居室を持つことになった際に支給されたもの。
ジャン=アンリ・リーズネル作で、中央の寄木細工のパネルは、元々は灰色に染色されていたシカモアを背景に、様々な木材でトロフィーが描かれている。左側には、緑に染色されたバリ材でジャスパーを模した花瓶が置かれている。
船の形をしたこのポプリポット(ポプリを入れる瓶)は、セーヴルの工房で作られた最も有名なモデル。
この花瓶は、フェルディナンドが21歳の時にコレクターとして初めて購入したもので、ワデスドンにとって特別な意味がある。このポプリポットは1757年から1764年の間に12個作られたと言われているが、現在残っているのは10個で、そのうち3つがワデスドンにある。
ワデスドンには、ジョシュア・レイノルズやトーマス・ゲインズバラの絵画をはじめとする、イギリスの肖像画の素晴らしいコレクションがある。
この肖像画は、ジョージ王朝に有名な女優の一人であるフランシス・アビントンで、ジョシュア・レイノルズが彼女を描いた数点のうちの1点。この肖像画では、彼女は古代ギリシャの喜劇のミューズであるタリアの姿で描かれている。舞台では、1769年10月にドーリーレーンで行われたデビッド・ギャリックの「シェイクスピア・ジュビリー・ページェント」で、初めて「コミック・ミューズ」として登場した。
このタペストリーは、ダイニングルームに飾られている2枚のうちの1枚で、18世紀に活躍した芸術家フランソワ・ブーシェのデザインをもとに、ボーヴェの工場で製作された。ルイ15世のために織られたと思われるこの有名なタペストリーは、1755年にボーヴェで初めて織られた「高貴なパストラル」シリーズ。「愛の泉」、「笛吹き」、「漁師」、「鳥追い」、「昼食会」の5つのテーマがあり、ワデスドンにはそのうちの3つがある。
フランチェスコ・グアルディの油彩・キャンバス作品で、サン・マルコ広場からの眺め。左側には島とサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会、右側にはサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会が描かれている。
この絵は、ヴェネツィアの別の風景画の隣に飾られており、これらはグアルディの作品としては最大のもの。グアルディが名声を博した現実的かつ理想的なヴェネツィアの風景の初期の例である。
このロイヤルシルバーサービスは、1770年代にジョージ3世がハノーファーのヘレンハウゼンにある夏の宮殿で使用するために注文したもの。フランスの金細工師ロベール=ジョセフ・オーギュスト製作。
このような優れたフランス風のシルバーサービスを展示しているのは、英国ではワデスドンのみ。
パルテール庭園
屋敷内を見終わると、屋敷の南側に出る。ここにパルテール庭園がある。5万本の植物で構成されるパルテールは、いわゆる季節の植物を絵画のように並べ、植え替えておもてなしをあらわしたようだ。屋敷のほとんどすべての応接室や寝室から、色鮮やかな草花のデザインを眺めることができ、訪問客を喜ばせた。
パルテールの先にもたくさんの庭園が造られ、フェルディナンドは、主にイタリアから集めた17~18世紀の彫刻コレクションを置いた。当時は100人以上の庭師を雇い、訪問客がいるときには一人も外に出ずだが、庭園や温室を完璧に管理させた。後継者が次々と改造していった庭園の数々は1989年以降、大規模な修復プログラムにより、19世紀の当時の外観を取り戻した。
ジャン・ラオンによるこの彫像は、ワデスドンの庭園にある彫刻の中でも最も素晴らしい美術品で、その繊細な表面は特によく保存されている。この像は、ヴェルサイユ宮殿の庭園用に作られたものであろうと言われている。古代ローマの作家オヴィッドが語るように、アポロが怪物パイソンに勝利する物語は血なまぐさいものだが、この彫刻では、ラオンはその暴力性の代わりに闘い後の神の卓越した静けさに焦点を当てている。
ロスチャイルド家とワイン
さて、ワデスドンマナーの最後の見所を紹介したい。ロスチャイルド家の事業で忘れてはならないワインである。ワデスドンのワインセラーは、1994年の100周年記念修復の際に作られた。
この部屋には、過去150年間(1868年からのヴィンテージ)の最高級ワイン15,000本以上のコレクションが保管されており、通常は試飲もできる。
ロスチャイルドの名は、ボルドーワインの中でも最も有名な2つのワイン、シャトー・ムートン・ ロートシルト とシャトー・ラフィット・ロートシルトで知られる。ロートシルトはロスチャイルド(Rothschild)のフランス語読み。1853年、英国分家のネイサンの三男であるナサニアル・ド・ロスチャイルド(1812-1870)が、ポイヤックのオー・メドック地区にあるシャトー・ブレイン・ムートンを購入し、シャトー・ムートン・ ロートシルト と改名した。当時このワインは2級の格付けだったが、曾孫のフィリップ男爵が改良などに尽力し、現在の1級格付けへ昇格するのに成功した。
ジェームズ・オブ・パリ男爵(1792-1868)は、1834年に隣接するシャトー・ラフィットを買収しようとして失敗したが、その畑はムートンの畑と重なっていた。ラフィットは、ボルドーの「4大ワイン」の中で常に第1位に挙げられ、18世紀初頭にはすでにイギリスでも有名であった。ジェームズは1868年、亡くなる数ヶ月前に、2度目の試みでラフィットの購入に成功した。
ボルドーのブドウ畑に対するロスチャイルドの関心は、20世紀に入ってからも続き、1973年、エドモンド男爵(1926-1997)がオー・メドックのリストラック教区にあるシャトー・クラークを購入した。ロスチャイルドはこの他にも、アメリカ大陸、南アフリカ、ヨーロッパにブドウ畑を購入している。 ここで挙げたワインは、ワデスドンマナーのレストランで楽しむことができる。ちなみにレストランで出している食事は、ワインに合うべく期待通りの美味である。アフタヌーン・ティーも楽しめる。
ロスチャイルド家の現存の他の屋敷
さて、最後に、エリズベリー地区にあるロスチャイルド家の7つの屋敷のうち2つをここで紹介したい。
一つは、チェディントンにあるメントモア・タワーズ。1852年から1854年にかけて、メイヤー・ド・ロスチャイルド男爵のために建てられたヴィクトリア朝の大邸宅。多くの所有者の手に渡ったが、現在はロスチャイルド家を離れ、売りに出されている。この屋敷はスタンリーキューブリックの映画『アイズ・ワイド・シャット』や、クリストファー・ノーランの『バットマン・ビギンズ』などのロケ地に使われている。
もう一つは、アストン・クリントンにあるアストンクリントン・マンション。こちらはロスチャイルド兄弟が既存の「わりかし地味な」マンションを購入し、メントモア・タワーをデザインした建築家パクストンの助手であるストークスとマイヤーズが改装設計した。邸宅には大規模な増築がされ、庭園など敷地内のコテージなども建てられ、23年の工事を経て1877年に完成した。アンソニー・ロスチャイルドと妻ルイーズの邸宅だったが、建物は1932年にホテルとなり、のち火災により焼失して1956年には取り壊されてしまった。
これらの邸宅の外壁には5本の矢の紋章が彫られており、また馬小屋をはじめとする邸宅の周りに建てられたたくさんの現存する建物にも紋章が入っている。エイルズベリー地区の住宅で5本の矢の紋章を見たら、そこはロスチャイルド家に仕えた人々が住んでいた場所であると思って間違いない。それらの建物は使用人の住処であったにせよ、質の高い建築物で、今でも堂々と5本の矢を光らせている。
ワデスドンマナーに刻まれたロスチャイルド家の栄光、その栄光と歴史のお話しPart.1は、こちらをご覧ください。
ワデスドンマナー情報
- アクセス
車:M25のジャンクション20で下り、Aylesbury方面に走り、A41に突き当たったら左折、Waddesdon Villageへ。左手にナショナル・トラストのマークが描かれたWaddesdon Manorの標識が見えてくる。ロンドン市内より約90分。
電車:ロンドン・マリルボン駅から乗車、約1時間でAylesbury駅に到着。駅前からローカル・バスでさらに1時間ほど。 - 入園時間:庭園と建物は、水曜から日曜の10:00~17:00まで。
- 入園料:大人:£12、小人:£6、5歳以下:無料
現在、コロナウイルス感染対策のため、事前にオンラインでの予約、また到着時にスマートフォンで予約できる。
資料・参考文献
Waddesdon Manor
THE JAMES A. DE ROTHSCHILD BEQUEST TO THE NATIONAL TRUST
A GUIDE TO THE HOUSE AND ITS CONTENTS
By Svend Eriksen
Second Revised Edition
MCMLXXXV
THE WADDESDON COMPANION GUIDE
Text and project direction by Selma Schwartz
The National Trust, Waddesdon Manor 2003
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