イギリス国王の玉座とスコーンの関係

ロンドンのウェストミンスター寺院で執り行われたチャールズ新国王の戴冠式。
エリザベス女王の戴冠式から70年ぶりとなり、世界中が注目したセレブレーションです。
ウェストミンスター寺院は今から1000年以上前の10世紀に建立され、1066年以降イギリス国王の戴冠式が行われてきた神聖な礼拝堂。アーチ型天井と美しいステンドグラス、そして英国の歴史を築きあげた多くの故人を偲ぶ記念碑が数多くある場所としても有名です。

聖なる守護石 スクーン

そんなウェストミンスター寺院とスコーンには、意外な関係があります。
アフタヌーンティーには欠かせない英国菓子で、日本でも大人気のスコーン。
歴史を遡ると、英国の文献に初めてスコーンが登場したのは1513年のこと。名前の由来は、スコットランドにある運命の石<Stone of Destiny, the stone of scone>にあるという説が有力です。この石は聖地エルサレムで聖ヤコブが枕にし、神からの啓示を受けたという伝説のパワーストーン。幾度もの争奪戦の末に先住民のスコット族によって持ち込まれ、スコットランド王家の守護石とされていました。

聖なる守護石、スクーンの石のレプリカ
スクーン寺院(Scone Abbey)にあるスクーンの石のレプリカ
本物の石はエディンバラ城に保管されている
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ところが1296年、イングランド国王エドワード一世が石を奪い去り、ロンドンのウェストミンスター寺院に運び、歴代国王の戴冠式に使用する玉座として用いたのです。
スコットランド人は屈辱を晴らすために、その後何度か奪還を試みるものの失敗。
そのたびに独立問題が湧き上がり、ついに1996年、ジョン・メージャー政権のもとで700年ぶりにスコットランドへ返還されたという「いわくつきの聖なる石」というわけです。

The Coronation Chair and Stone of Scone

戴冠石(The Coronation Stone)とも呼ばれるこの石は、現在はエディンバラ城に保管されていますが、返還条件に「将来に渡っても英国君主の戴冠式には玉座として用いる」とあり、次期国王が即位する際には、ウェストミンスター寺院に貸し出されるのかということが、長きにわたり密かに注目されていました。

みなさまは、戴冠椅子と運命の石ご覧になられましたか?

スコーンを3倍美味しく食べる方法

スコットランド発祥のスコーンは「聖なる石」伝説も複雑に絡み、スコーンを食べる際のマナーにまで影響をもたらしています。
そのひとつが、「スコーンを食べる際にナイフでカットしてはいけません」というもの。神に近い神聖なスコーンに刃物を入れるという行為が、神への冒涜にあたる不敬な振る舞いと考える人もいるからという宗教的な理由でした。

ただし、出身地や世代によっても考えが異なるようで、イングランド出身の先生いわく、「それはあくまでも、スコットランドのポリシー。4つの国から成り立つイギリスには色々な立場や考えがあるし、今はそれほどうるさく言う人もいないのよ」とのことでした。
確かに、スコットランドの田舎町のティールームで、スコーンをナイフでカットする若者に対して、ご年配のおばあちゃまが説き聞かせている光景を目にしたことがあります。そのとき、作法を単なる知識として覚えるのではなく、なぜそのマナーができたのかという背景を知ることが大切なのだということを痛感しました。

さて、実際にスコーンの食べかたにマナーはあるのでしょうか?
まず、スコーンを手にとったら上下ふたつに割ります。上手に焼けたスコーンは、「狼の口」と呼ばれる形状をしていますので、中央あたりを手で抑えて持ち上げると、キレイに分かれます。割りにくいときはナイフで切れ目をいれます。そして、スコーンにジャムとクロテッドクリームを塗っていただくのですが…。実はここで、どちらを先に塗り始めるかがイギリス人には大切なポイント。ここにも<紅茶に入れるのは、ミルクが先か紅茶が先か?>と同じような論争が見え隠れしているのです。

デヴォンのファームハウスでクリームティーをいただいた時、
「スコーンの食べかた知ってるかい?」と、ファーマーさんがニコニコしてやってきました。「もちろん!」と言い終わる前にファーマーさんはスコーンをふたつに割って、大きなティーナイフを使ってクロテッドクリームを塗り始めました。「塗る」というよりも、「盛る」という表現のほうが近いほどのクリームの量に目を丸くしていると、ひと目で自家製とわかるストロベリーがゴロゴロしたジャムを、こぼれんばかりにてんこ盛り。横からみると、生地の厚みと同じくらいのクリーム&ジャムがのったスコーンを渡されました。
「さぁ、これでパクっとかぶりついてごらん」
言われた通り、大きな口を開けて頬張りながら食べてみると、今まで味わったことがない衝撃的な味。クリームを最初に塗ることによって、スコーンの余熱で溶けて生地の表面にしみ込み、しっとりとカリッとの食感が何ともいえないバランスを生み出しています。

このように、クロテッドクリームを先に塗るのがデヴォンシャースタイル。
一方、お隣のコーンウォールスタイルはジャムを先に塗るのが主流です。

テーブルに並べられたスコーンのお皿とミルクティー
ジャムを先に塗るコーンウォールスタイル

クロテッドクリームが先?それともジャム?

「スコーンをいただく際には、ジャムファーストがマナー」と紅茶留学中に習っていた私には、なぜ逆なのかしら…と少し戸惑いました。
そもそもクリームティーの時間はカジュアルなお茶の時間なので、堅苦しいマナーはありませんが、2大産地のデヴォンとコーンウォールでは、いただく際のスタイルに違いがあったのです。
ファーマーさんが教えてくれたクリームを先に塗るスタイルは、デヴォンシャーウェイ。「自分たちはクリームの産地だからこそ、好きなだけ盛れる。これが伝統的な食べかたさ」との言い分。
一方、コーンウォールでは、ジャムをはじめに塗ってから、上からクリームをのせるコーニッシュウェイ。「デヴォンの人たちは、色の白いクリームを隠すために上からジャムで覆ってるんだ。黄金色のクラストこそ伝統的なクロテッドクリームの証、だから堂々と上にのせるんだよ」と反撃…、両者一歩も譲る気配はありません。

ちなみに、ロイヤルファミリーは、ジャムファーストの作法で召し上がるといわれています。ウィリアム皇太子の称号であるコーンウォール公爵も関係しているのでは?との憶測もあり、ロイヤルファミリーがスコーンを食べるとき、どちらを先に塗るのかは常に注目の的。それによってSNSが炎上し、王室広報官からコメントが出る…なんていうこともあるほどです。
SNSで繰り広げられる#creamfirst派と #jamfirst派の争いも、ティータイムを盛り上げるイギリスらしい話題のひとつ…というわけです。
スコーンを食べる時には、ぜひそんな論争を思い出して、ふたつの方法にトライしてみてください。きっと新鮮なテイストに出会えるはずです。

《ライター》藤枝理子の著作紹介(一部)

藤枝理子

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RICO FUJIEDA アフタヌーンティー研究家 東京都世田谷区にて紅茶教室「エルミタージュ」を主宰。 紅茶好きが嵩じてイギリスに紅茶留学。帰国後に東京初...

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