イギリス映画談 ~新年に元気をくれる『ドリーム・ホース』~

1月6日公開

新しい年、気持ちも改まり、気分も良いこの時期にぴったりの映画がやってきた。その名も「ドリーム・ホース」。
ウェールズの片田舎でひっそりと暮らす主婦が巻き起こす物語は実話だという。その舞台は題名からもうかがい知れる競馬だ。

映画『ドリーム・ホース』ポスター
© DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

ウェールズといえば

グレートブリテン島にあり、ロンドンから西に約200kmのところにあるウェールズは、イギリスの4つの国の一つ(他はイングランド、スコットランド、北アイルランド)。イングランドやスコットランドと比べかなり小さく、東京都と四国を合わせたくらいの面積、人口も300万人とイギリス全体の5%弱となっている。

ほとんどが平野であるイングランドと違い、ウェールズの国土は大部分が山地であり、南北にカンブリア山脈が走っている。もっとも山地とはいえウェールズ最高峰のスノードニア国立公園にあるスノードン山にしても標高は1085mであるが。

ウェールズ オグウェンバレーの風景
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国土の約1/4が国立公園か特別自然美観地域に指定され、美しい景観が楽しめる。更に単位面積当たりではヨーロッパで城の数が最も多い地域。観光資源は結構多いのに、日本ではあまり知られていない。日本からのツアーでウェールズが含まれているものも極少ない。

首都はウェールズの南岸にある港湾都市、カーディフ。2007年のイギリス全体の都市人口ベスト15に入ってくるウェールズ唯一の都市が12位のカーディフ。人口が少ないから当然とはいえ、リストにある196位までの中にウェールズの都市はカーディフを含め5都市のみ。
ウェールズは山の風景が近くにある小さな町や田舎が多いということになる。映画の舞台になるのは、都市名は特定されていないが、谷あいにある小さな村、昔は炭鉱の村(ボタ山らしきものが見える)として活気があったようだが今は忘れ去られた村のよう。ウェールズ南東部は炭鉱があったことでも有名だ。1941年に作られたジョン・フォード監督の映画「わが谷は緑なりき」はウェールズの炭鉱村を舞台にしていた。

『ドリーム・ホース』という映画

映画の主人公は小さな村に夫ブライアンと住む主婦ジャン・ヴォークス。

仔馬のドリームにミルクをやるブライアンとジャン
まだ仔馬のドリームにミルクをやるブライアンとジャン
© DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

子供たちは既に独立し、50代のブライアンは酷い関節炎で働けず、彼女が昼間は村のスーパーでのレジ打ち、夜は労働者クラブでサービス係として働いている。しかし、何かもう一つワクワクすることがない。かつて、ウサギや犬を育て、ドッグレースや鳩レースで勝ったこともあった彼女は、クラブで税理士のハワードから組合馬主の話を聞き、久しぶりに高ぶるのを感じる。

村の坂道を歩くジャン
村の坂道を歩くジャン
© DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

やると決めたからには徹底的に研究して事に当たる彼女は、競走馬の飼育を決意、まず血統の良い雌馬を買うところから始める。種付けをして生まれた仔馬を競走馬に育てるところから始めるというのが彼女の凄いところ。

ヴォークス家は裕福ではない。競走馬に育てるためには一流の調教師を依頼したり、お金がかかる。そこで村人たちに呼びかけて馬主組合のためのミーティングを開催。2年間毎週10ポンドずつ支払う組合員の獲得に成功。

働いているスーパーで馬主組合員募集のチラシ(自作)を渡すジャン
働いているスーパーで馬主組合員募集のチラシ(自作)を渡すジャン
© DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

こうして村人を巻き込みながら競走馬の世界が広がっていく。生まれた仔馬は投票で「ドリーム・アライアンス(夢の同盟)」と名付けた。

ウェールズと競馬

成長したドリームを国内最高の調教師というホッブスに預けることができ、後半はドリームのレースが中心に描かれる。見ていて、どうも日本の競馬のスタートと違うのが気になる。初めての競馬に出場した時、スタートゲートはないし、ドリームはスタートとなった時に後ろを向いていたのである。これには驚いた。更に出走しているコースが殆ど障害レースだったのだ。

チェプストウで行われたウェルッシュ・ナショナルでのドリーム・アライアンス
チェプストウで行われたウェルッシュ・ナショナルでのドリーム・アライアンス
© DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

ウェールズ、障害レースといえば、ディック・フランシスを思い出す。競馬を題材にしたミステリーの大作家。1920年ウェールズで生まれ、祖父、父が騎手であったこともあり、子供の頃から乗馬に親しみ騎手を目指したが、身長が伸びてしまい平地での競馬レースの騎手は不可能となり、障害レースの騎手となった。1953~4年のシーズンからは並行してクイーンマザー(エリザベス王太后)の専属騎手になっている。1957年に騎手を引退するまでに通算2,305戦345勝を挙げている。引退後は競馬欄を担当する新聞記者となり16年勤めた。その間、1962年に初の長編小説「本命」で作家デビュー、2000年まで1年に1冊ほどのペースで書き続けた。

『ドリーム・ホース』で元気を

ドリーム・アライアンスは2001年生まれ、2004年に3歳でデビュー、11歳で引退するまでに30戦5勝の成績を残しているという。

ジャンとドリーム・アライアンス
ジャンとドリーム・アライアンス
© DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

イギリスでも日本でも競馬馬を所有するのは富裕層に限られる。映画の中にも何頭もの競走馬を所有しているようなエイヴァリー卿が登場している。ドリーム・アライアンスはそれに対して、村のお婆ちゃんモーリーン、酒飲みじいちゃんカービー、肉屋のネリス、そしてジャンとブライアン(通称デイジー)夫妻など、いわば労働者階級からなる馬主組合が所有している。

最初のレース、チェプストウの馬主専用バーでの組合員メンバー
最初のレース、チェプストウの馬主専用バーでの組合員メンバー
© DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

映画の中では、チェプストウでの最初のレースから、ニューベリーでのキング・エドワード・チャレンジでの優勝レース、大きな挫折があったエイントリーでのレース、そして再びチェプストウ競馬場で開催されるウェルッシュ・ナショナルレースが描かれる。その度に組合員はバスに乗り込んで応援に出かけていく。バスの中でも、更に優勝した後のクラブでの祝賀会でも歌好きのウェールズ人らしく大合唱が始まる。

ニューベリーのレースで勝利の後クラブでの祝賀会
ニューベリーのレースで勝利の後クラブでの祝賀会
© DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

自分たちの文化を愛しているウェールズ人は、ウェールズ語を話す人が直近でも22%(ジャンの働くスーパーでも英語とウェールズ語が併記されている)いるし、更に独自の国旗と国歌があり、ウェルッシュ・ナショナルでは国歌が盛大に歌われる。
この映画でもう一つ盛り上がる歌が「デライラ」だ。2回も登場している。ウェールズ出身の大歌手、トムジョーンズの持ち歌、特に2回目はアッと驚く方法ですよ。

ウェルッシュ・ナショナルレースでドリーム・アライアンスが勝利した瞬間
勝利の興奮!
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大きな優勝で終わるのもうれしい映画。村の人々に夢を与えたドリーム・アライアンス、我々に勇気を与え、楽しませてくれる映画「ドリーム・ホース」をどうぞご覧ください。

『ドリーム・ホース』公式サイトhttps://cinerack.jp/dream/

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海外パッケージツアーの企画・操配に携わった後、早めに退職。映画美学校で学び直してから15年、働いていた頃の年間100本から最近は年間500本を映画館で楽しむ...

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