イギリス映画談
『Peter Barakan’s Music Film Festival』ピーター・バラカンの音楽映画祭 Part2

もう行かれましたか?映画祭は東京では7月15日まで角川シネマ有楽町で開催中!!
特に7月10日の4作品は総てバラカンさん及びゲストのトークイベント付きです。
※Festival全般の詳細情報は、Part1の記事でご確認ください。

マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!

マイケルケインの撮影シーン
©Raymi Hero Productions 2017

1960年代と言えば世界のいたるところで大きな変革があった時代だ。
例えば、日本では60年の安保闘争、64年のオリンピック、60年代末の学生運動、アメリカではケネディ大統領の暗殺、ベトナム戦争の激化、アポロ11号の月面着陸、中国では文化大革命が進行、フランスでは68年の5月革命などだ。第二次世界大戦の終結から20年、戦前から続いてきた体制や考え方が大きく変わろうとしていた時代と言えようか。
日本では団塊世代という大きな塊が大人になり、アメリカでもベビーブーマーが同じく成人になった。他の国々でもこうした若者たちが大人としての発言、行動をするようになってくる。それまでの世代と違って、必ずしも上の世代の言葉に従うばかりでなく、彼ら自身の考えを色々な形で表明するようになったのだ。
こうした変革は、その前の時代の体制や規律が厳しく決められていたところほど激しくなったと言えようか。元の社会がしっかりしているほど反発する力は強くなる。その典型がイギリスだったのではないか?
60年代のイギリスからは世界に大きな影響を与えた動きが発生した。しかもその多くが広く言って文化面に関する動きで、それ故に世界に広く影響を与えたのだ。
この映画は60年代の「スウィンギング・ロンドン」と呼ばれた時代をマイケル・ケインが案内するドキュメンタリー映画だ。1933年生まれの彼が映画界で頭角を現し、スターの地位を獲得した時代でもある。今回、彼が映画の製作にも関わったのも、60年代を自分の年代だと思ったからだろう。

映画『マイ・ジェネレーション』でのツィギー
Photo: Paul Popper /Popperfoto / Getty Images

登場するのは、ポール・マッカートニー、ミック・ジャガー、ロジャー・ドールトリー、マリアンヌ・フェイスフル、ジョン・レノン、デイヴィッド・ボウイ、ドノヴァンなどのロックのスターたち、カメラマンのデイヴィッド・ベイリー、ミニスカートのデザイナー、メアリー・クヮント、モデルのツィギーなどで、現在も活動中の人も含め、長く活躍し、人々の記憶に残る人ばかりだ。
登場人物が話す内容には、階級社会であったイギリスではそれまで表に出ることのなかった労働者階級が、この時代に発言できるようになったというものが多い。マイケル・ケイン自身も雑役婦の母と魚市場の運搬係の父という労働者階級の家に生まれたと話す。
活躍したロックスターのナンバーを中心に当時のヒット曲が流れ、懐かしい60年代の映像が目まぐるしいほどに細かく繋がれて、正にスウィンキングな華やかさで楽しめる。

ノーザン・ソウル

映画『ノーザン・ソウル』のシーン
© 2014 Stubborn Heart Films ( Heart Of Soul Productions) Limited All Rights Reserved.

映画祭の中で唯一のフィクション作品。
そもそも”ノーザン・ソウル”という音楽ムーブメントを知らなかった。1960年代後半にイングランド北部の労働者階級の若者たちから生まれ、その地域のクラブで好まれたソウル・ミュージックとダンスを指すらしい。70年代に最盛期を迎えている。クラブのDJが独自に選ぶソウルに合わせて早い動きで、後のブレイクダンスのようなアクロバティックな要素も取り入れて踊るのが特徴だった。一般的には有名ではないレアなソウルがDJのセンスで選ばれ、それに合わせて踊るというのが”ノーザン・ソウル”ということになる。DJは曲名をあえて隠していたようで、観客たちはそれらをCover Upと呼んでいた。映画の中でもCover Upの題名を探すのが描かれている。
1974年、イングランド北部の小さな町バーンズワース。主人公ジョンは、ひよわそうな高校生だったのだが、両親に勧められて出かけたユースクラブで、ソウルに合わせて激しく踊るマットに出会うと、ノーザン・ソウルの道へ。

映画『ノーザン・ソウル』のシーン
© 2014 Stubborn Heart Films ( Heart Of Soul Productions) Limited All Rights Reserved.

あれよあれよという間に高校をドロップアウト、マットのところに転がり込み共同生活。レアなソウル・ミュージックの発掘とダンスにのめりこんでいく。
時期的にも、地域的にもかなり狭い範囲のムーブメントと言えるが、それだけに凝縮された濃いものがあり、影響を受けた人の記憶には深く長く残ることになる。この映画を監督したエレイン・コンスタンティンもその一人。女性のファッションカメラマンとして活躍していた彼女が、青春時代の体験を基に初めて映画を作るほどに影響を受けていたのだ。

白い暴動

映画『白い暴動」のシーン
©︎Photograph by Sydnis Shelton

経済破綻状態にあった1970年代のイギリス、人々の不満のはけ口として人種差別や移民排斥を訴えることでナショナルフロント(NF)やネオナチの右翼勢力が勢力を伸ばしつつあった。それを阻止しようとして立ち上がったのが、ロック・アゲインスト・レイシズム(RAR)の運動だ。感心してしまうのはこの運動が政治と関係のない普通の人々で運営されていたこと。さらに、ロックミュージシャンの中にもはっきりこの運動を支持して参加する人たちがいた。こうして多くの若者がRARを支持するようになっていく。エリック・クラプトンなどミュージシャンの中にも移民排斥的発言をした人がいたことも描かれるが、若者たちも自分の意見を持ちNF、RARに対してそれぞれの支持を発言していた。
あの当時も、そして今もって政治的発言を控えている日本のミュージシャンや芸能人の状況が何とも情けなく感じられる。この15年くらいで目立つようになったヘイト発言に対し、アンチ・ヘイトの運動もあるが、一般の人たち、或いは芸能人たちが参加するとは聞いたことがない。
1978年4月30日、RARは大規模なデモと支持ライブを呼び掛ける。前日まで10日ほど雨が続いていたが、当日は雨が上がり、午後には太陽が顔を見せた。そして、主催者の心配をよそに全国各地からバスで人々が集まってきたのだ。デモの終結点ヴィクトリアパークでのライブ会場にはどんどん人が集まり、最終的に10万人が集まってくるのは感動的だ。

イギリス映画以外の作品

イギリス映画以外の作品で、印象に残ったものの一口感想。

ジャズ・ロフト

映画『ジャズ・ロフト』のシーン
Self-portrait, W. Eugene Smith, ©1959 The Heirs of W. Eugene Smith

写真家ユージーン・スミスが水俣に来る前、1950年代から60年代にかけて住んでいたマンハッタンのロフトには、多くのジャズ・ミュージシャンが出入りし、自由にセッションを繰り広げていた。スミスは写真を撮る以外に、テープレコーダーを回してすべて録音をしていた。その音、写真に映像を加えて作られたドキュメンタリー。スミスの息子も登場し、スミスの興味深い人柄もディープに描かれる。9月にロードショー公開される。

ランブル

映画『ランブル』のシーン
©Rezolution Pictures (RUMBLE) Inc.

副題「音楽界を揺るがしたインディアンたち」の通り、ネイティヴ・アメリカンのミュージシャンがアメリカポピュラー音楽界に与えた影響を、丁寧に教えてくれるドキュメンタリー。ロック、ジャズ、ブルース、フォークなどに彼らが与えた影響、そのことが隠され、彼等が差別されてきた歴史も描かれている。

大海原のソングライン

映画『大海原のソングライン』のシーン
©Small Island Big Song

太平洋、インド洋の島々の音楽は、5000年前に台湾から海に出た人々に起源を持つらしい。多くの島々を訪ね撮影、録音した音楽を横並びにして見せてくれる。そうした情報など忘れて、美しい映像とすばらしい音楽に包まれて欲しい、楽しんで欲しい。

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海外パッケージツアーの企画・操配に携わった後、早めに退職。映画美学校で学び直してから15年、働いていた頃の年間100本から最近は年間500本を映画館で楽しむ...

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