イギリス映画談
~トンデモ作戦はイギリス『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』~
世界の命運を握る鍵は、地中海に放たれた『オペレーション・ミンスミート』
2月18日(金)封切り
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戦争には、いや、事を成し遂げるには作戦が必要だ。個人レベルでも、グループから国レベルでもこれは変わらない。相手がいる闘い、戦争ではなおのこと重要と言えるだろう。互いに作戦を立てて臨んでくる。相手を見極め、次で出てくる動きを見極め、自分たちの方向を決める。第二次世界大戦中のトンデモない作戦を見せてくれる映画が現れた。

(右からフレミング、モンタギュー、チャムリー)
© Haversack Films Limited 2021
背景となる第二次世界大戦と戦争映画
第二次世界大戦は大きく言えば、三国同盟を結んだ日独伊にそれらの同盟国を含む枢軸国と、枢軸国から攻撃を受けた国や連合国共同宣言に署名した国からなる連合国の間の戦いだ。世界各地で戦いが行われた。欧州、北アフリカ、中東、アジア、太平洋、オセアニア、北アメリカ、東アフリカが戦場となった。
これほど広範囲での戦争では、当然のことながら各地で多くの作戦が実行されたのである。戦争は国や地域間の戦いだが、実戦レベルでは人同士の戦いになり、そのため多くのドラマが生まれた。戦争映画という部門があるほど映画が作られたのも、色々な意味で人を燃え上がらせるドラマがあったからに違いない。勿論第一次世界大戦を含め総ての戦いが題材になった。
ヨーロッパ地域に限ってみると、もっとも有名な戦争映画は1962年に作られた「史上最大の作戦」(原題:The Longest Day)ということになるだろう。1944年6月6日に行われた連合軍によるノルマンディー上陸作戦(正式名はネプチューン作戦)を描いた映画だ。北フランスのノルマンディー海岸に当日だけで約15万が上陸したと言われる史上最大規模の上陸作戦である。この上陸がヨーロッパ戦線に転機をもたらし、後のパリ解放までつながっていったのである。
ミンスミート作戦が考えられた訳

© Haversack Films Limited 2021
ノルマンディー作戦は北からヨーロッパ大陸に侵攻したわけだが、その1年以上前、地中海側からの連合国侵攻を成功させるためのある作戦が始まるのである。
1941年に独ソ戦が始まり、ソ連にとって苦しい戦いが続いていた。ソ連は連合国にどこか他の地域で第二戦線を開始してドイツ軍の戦力を分散するよう依頼していた。米英首脳会談により北アフリカ上陸が決定され、トーチ作戦と名付けられた。1942年11月に始まったこの作戦は、枢軸国軍にはロンメル司令官、連合国軍にはパットン将軍などの名をはせた軍人がいて一進一退を続けていた。その間、連合国側はシチリアを制圧して地中海を開放し、ヨーロッパ大陸への侵攻を計画していた。しかし、この計画はドイツ側にも見抜かれていたのは明白で、そのままこの計画を進めても大きな抵抗がある事が懸念されていた。

© Haversack Films Limited 2021
そこで考え出されたのがミンスミート作戦だった。作戦の目的は、ドイツ側に連合国軍が侵攻しようと計画しているのはシチリアではなくギリシャだと思わせることだったのだ。
『オペレーション・ミンスミート』はこんな映画
映画はこのミンスミート作戦を始まりから終わりまで描いたものだ。
ナチが信じるように偽情報を伝えるにはどうしたらよいか。英国諜報部(MI5)は死体に偽情報を持たせてナチの勢力圏内の海岸に漂着させようという案を出す。死体はできれば高級将校が望ましい・・・。どうやって高級将校の死体を手に入れるのか、いや普通の人の死体だって手に入るものなのか、さらに、手に入れられたとしてもどうやってうまく漂着させるのか・・・。こんなトンデモ作戦をどうやって成功させるのか?

© Haversack Films Limited 2021
この作戦には多くの人が関わって計画され、実行されていくのだが、主要な人物に2人+1人がいた。
2人は元弁護士の諜報部員ユーエン・モンタギューと同じMI5所属のチャールズ・チャムリー大尉だ。この2人にアイディアを提供したのが+1人のイアン・フレミング少佐だった。フレミングと言えば、後に007を生み出した人物。そう聞けば、このトンデモ作戦もひょっとしてうまくいくかもと思いはじめませんか?

© Haversack Films Limited 2021
ちなみにMIはMilitary Intelligenceの略で軍情報部のこと、かつてはMI1~19まであったが、現在は諜報活動のMI5と、諜報部と外務省の連絡係のMI6のみが残っている。ジェームズ・ボンドが所属するのはMI6。
映画でモンタギューを演じるのはコリン・ファース、今やイギリスを代表する男優の一人で、このイギリス映画談でも2回目の登場。チャムリーを演じるのはマシュー・マクファディン、驚くほどいい声、ソフトヴォイスの男優だ。
監督はジョン・マッデン、1998年の「恋に落ちたシェークスピア」が米アカデミー賞で作品賞など7部門受賞している。

© Haversack Films Limited 2021
映画『オペレーション・ミンスミート』の登場人物
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(ジョニー・フリン)
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(ケリー・マクドナルド)
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(ペネロープ・ウィルトン)
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(ジェイソン・アイザック)
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(サイモン・ラッセル・ビール)
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(マルクス・フォン・リンゲン)
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(ウィル・キーン)
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(ニコラス・ロウ)
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(ニコ・バーンバウム)
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(マシュー・マクファディン)
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(コリン・ファース)
トンデモ作戦のその後
戦後になり、この作戦はユーエン・モンタギューによって「存在しなかった男」(The Man Who Never Was)いう書籍にまとめられた。これは、1953年にこの作戦の事を書いたらしい「ハートブレイク作戦」というスパイ小説が出版されたが、出来が良くなく悪い噂が広まったため、それを訂正する目的でモンタギューが1週間の休暇を取り書き上げたというもの。これが大ベストセラーとなり、2年後には映画化されたという。「存在しなかった男」は日本では「ある死体の冒険」という名称で1962年筑摩書房の世界ノンフィクション全集に収められた。
21世紀になり、MI5が機密ファイルを公開、モンタギューが書けなかった秘密を含め、英国の作家ベン・マッキンタイアーが「ナチを欺いた死体 - 英国の奇策・ミンスミート作戦」(OPERATION MINCEMEAT:The True Spy Story that Changed the Course of World War 2)を出版。これが映画の原作となっている。日本では中公文庫に入っている。
ミンスミート(Mincemeat)は直訳すればミンチ肉、つまりひき肉だが、イギリスではドライフルーツの甘橘漬けのこと、ミンスパイの中身と言えば分かり安いだろうか?いずれにしろミンスミートと作戦の中身には何の関係も無いようで、これこそトンデモかも!