イギリス映画談
~孤独だからこそ愛を求める『異人たち』~

2024年4月19日公開

原作は山田太一の小説「異人たちとの夏」。この小説が翻訳されてイギリスでも出版されていた。その小説を映画化しようとイギリスの映画監督が考えた。こうしてこの映画「異人たち」が誕生することになった。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

浅草出身、昨年亡くなった山田太一

昨年12月1日のニュースで、山田太一さんが11月29日に89歳で折去されたと報道された。12月1日のNHK NEWSWEBには次のように書かれている。
「脚本家 山田太一さん死去 89歳 数多くの名作ドラマ手がける」
名作ドラマとあるように、脚本家でも主にテレビドラマの世界で活躍された。150本近くのテレビ作品があり、代表作には次のような作品がある。
「岸辺のアルバム」「早春スケッチブック」「ふぞろいの林檎たち」「男たちの旅路」
早稲田大学卒業後、教師になることを希望(休みの間に小説を書きたい)していたが就職難で教師の口がなく、1958年に松竹に入社している。そこで木下恵介監督の下で助監督として働いた。1965年には松竹を退社、フリーの脚本家になっている。
テレビドラマ以外に、映画の脚本や、舞台用の戯曲も手掛け、更に小説やエッセイも本として残している。

小説「異人たちとの夏」

テレビドラマの脚本家として幾多の名作を送り出していた山田太一が、1987年に書いた小説が「異人たちとの夏」。1988年には大林宣彦監督によって映画化され、9月に公開されている。山田太一は原作の提供だけで、脚本は山田と同じくテレビドラマで活躍していた市川森一が担当して、その年の日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞している。風間杜夫が主演、片岡鶴太郎、秋吉久美子、名取裕子等が出演している。
異人と言えば、異世界の人たち。そして夏と言えば、日本では幽霊の世界が浮かぶ。かつて日本映画は夏と言えば怪談物が作られることが多かった。この小説にはそうした雰囲気がある。しかし、1987年と言えば怪談話が隆盛であったとは言い難い。山田太一はそのことも承知で、小説の重点は主人公が12歳の時に亡くなったしまった両親と再会するというところに置いていた。

主人公は40代の脚本家アダム
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

その時以来一人で大人になり、その後結婚したものの離婚して妻子と別れ、再び一人暮らしをしているという設定だ。久しぶりに出かけた浅草で父親とよく似た男性に出会い、まるで知り合いのように誘われるままに家まで行ってしまうのだ。そこには母とそっくりの女性がいた。

「異人たちとの夏」から「異人たち」へ

イギリスで作られた今回の映画には、浅草はない(当然だ)ロンドンが舞台ということで、原作と同じところと変更されているところがある。

アダムは同じマンションに住むハリ―と飲みに出かける
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

同じ点:40代の脚本家の主人公がマンションに一人で住む/住人の少ないマンションのもう一人と知り合いになる/12歳の時に両親が事故で亡くなっている/久しぶりに両親と住んでいた家を訪ねる

変更された点:主人公は12歳で一人になった後40代の現在まで一人で生きてきた/知り合ったマンションの住民は男性/ふたりはゲイだった

住民は二人しかいないマンションのエレベーターのアダムとハリー
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最も大きな変更点は主人公をゲイにしたことだろう。この変更で映画は孤独感を強くしている。日本語題名からもそれはうかがえる。「異人たちとの夏」という題名は、異人たちと過ごした夏として、異人とではあるが親しく過ごしたという感じがある。「異人たち」という題名にはそうした雰囲気はない。映画の原題名「All of Us Strangers」は、我々は総て他人と言っている。
この映画でも主人公アダムが30年近く前に別れてしまった両親と出会う事がメインに描かれる。今や自分の方が亡くなった時の両親より年上になったことに驚きながら、楽しかったあの頃と同じように3人で過ごすことが夢のようでもある。そのことが懐かしく、家を訪れるのを重ねてしまう。

今や自分より年下になった両親と懐かしい家で
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

映画「異人たち」を作った人たち

監督・脚本を担当したのはアンドリュー・ヘイ。1973年イギリス・ノースヨークシャーのハロゲイト生まれの53歳。1996年に映画業界に入り、長く編集補佐として働いてきた。関わった作品には「グラディエーター」「ブラックホーク・ダウン」「ハンニバル・ライジング」などがある。長編監督作品は2009年のデビュー作「Greek Pete」(日本未公開)以来、今回の「異人たち」が5作品目と多作とは言えない。他の監督作に「さざなみ」「荒野にて」がある。映画の編集と言えば、撮影が終わった後如何に画面を繋いで、物語を作り上げていくかという最後の最も重要な作業だ。編集補佐として関わった上の作品群は力強いアクション作品が並んでいるが、監督作品ではむしろ人の感情を細かく描く静かな作品が並ぶ。「異人たち」もそうした線上に並べられる作品だ。

クリスマスツリーの飾りつけをしている両親とアダム
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

主人公アダムを演じるのはアイルランド出身のアンドリュー・スコット、1976年ダブリン生まれの47歳。「007スペクター」「1917命をかけた伝令」を含む映画にはかなり出演しているが、主演は今回の「異人たち」が初めて。テレビドラマ「シャーロック」ではホームズ最大の敵役モリアーティ教授を演じているので、覚えている方もいるかもしれない。
ふたりのアンドリューは共にゲイだという。主演のスコットの方はカミングアウトしているようだし、監督のヘイの方は英語版Wikipediaに書かれている。
同じマンションに住むハリーを演じるのはポール・メスカル。アイルランド出身の28歳。昨年日本で公開された「アフターサン」で主演していた。
アダムの両親を演じるのはジェイミー・ベルとクレア・フォイ。

12歳で両親を失ってから一人で生きてきたアダム
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

12歳で両親を亡くして以来一人で生きていた主人公の寂寥感、愛と喪失の物語。

公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/movies/allofusstrangers

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