イギリス映画談
~北アイルランドというイギリスを描く『ベルファスト』~

明日に向かって 笑え

3月25日封切り

映画『ベルファスト』ポスター
©2021 Focus Features, LLC.

英国には4つの国(Country)がある。イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランだ。英国政府観光局のサイトでも、これら4つの地域の上にはCountriesの表示がある。そして、イギリスの正式名称はグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)であり、上の4つの国で連合王国を形成している。

グレートブリテン島に隣接するアイルランド島の北東部分にあるイギリスの国(Country)が北アイルランド。アイルランド島面積の16%強を占めている。その首府であるベルファストで生まれ、幼少期を過ごしたケネス・ブラナーが思いを込めて描くその頃のベルファストとそこに住む人々。9歳の少年が明るく、楽しく、しかし怖い思いをしながらもその街を大好きになっている。

映画『ベルファスト』の主人公バディが、街を駆け回る
主人公バディ
©2021 Focus Features, LLC.

1960年代、昭和をも感じさせる映画の始まり

食事時だろうか、お母さんが外で遊んでいる子供を呼ぶ。ちょっと離れたところで遊んでいる9才の息子バディに顔見知りの近所の人が声をかけ、彼は家にかけていく。その途中で何度も呼び止められ挨拶をして、少し話をしながら家に向かう。近所のだれもが知り合いといった雰囲気がある街角。こう書いてくると、なんだか昭和30~40年代を時代とする日本映画かと思われるかもしれない。子供たちが外で遊んでいたあの時代。映画「ベルファスト」の時代は1969年、日本であれば昭和44年だから、北アイルランドも日本と同じような生活があったんだと感じさせる。

家から飛び出すバディと追うマの映画シーン
家から飛び出すバディと追うマ
©2021 Focus Features, LLC.

そんな時、突然侵入者が現れる。”カトリックはここから出て行け”と叫びながらやってきた集団は、やがてカトリックの人が経営する店のガラス窓に石などを投げ始める。バディはやっと母と会って家に入る。プロテスタント信者を中心とした一団は、やってきた警官ともめながらも、カトリックではないバディの家にまで石を投げ込んでくる。8月15日の出来事だった。

父親が考え事をしながら歩く映画シーン
考え事をしながら歩くパ
©2021 Focus Features, LLC.

背景にある北アイルランドというCountry

北アイルランドは1920年アイルランドがイギリスから分割された際、アイルランド島の北東部の6つの郡の分権政府として1921年に誕生した。この地域の人々の多くはイギリス国内にとどまることを望むユニオニストで、つまり連合王国の一員になることを選んだのだ。
彼らはイギリスからの植民者の子孫でプロテスタントだった。面積で言えばアイルランド島の16.3%を占める北アイルランドは、こうしてイギリスの一部になった。島の残りを占めるアイルランドには、アイルランド統一を目指すアイルランド民族主義者(ナショナリスト)とカトリックの人々がいた。

北アイルランドには、少数派としてカトリックの人々もいたため、プロテスタント・ユニオニストとカトリック・ナショナリストの対立があり、暴力的な戦いが1920年以降2年ほど続いたが、少数派が力によって抑えられ、差別されるようになった。しかし1960年代の後半、カトリック・ナショナリストに対する差別をなくそうとするキャンペーンが、かえってプロテスタント・ユニオニストの反発を呼び起こし、激しい対立が発生した。
1998年のベルファスト合意が成立するまでの約30年間、激しい暴力的戦いが続き3,500人以上の死者、50,000人以上の負傷者を出すこととなった。北アイルランド紛争と呼ばれる。

バスの中で話し込む父親と母親
バスで話すマとパ
©2021 Focus Features, LLC

時代を映しながら、映画は進む

少年バディの家族は、ロンドンで働いていてあまり家にいない父(パ)、父の不在をカバーして子供たちを育てる優しい母(マ)、兄のウィルの4人家族だ。近くには父方の祖父母が暮らす家もある。こうした家族に囲まれ、9歳のバディはベルファストで楽しい生活を続けている。

グラニーとポップに挟まれ祖父母の家で楽しむバディ
グラニーとポップに挟まれたバディ
©2021 Focus Features, LLC

楽しみの一つは家族と行ったりする映画だ。会話の中に映画のことがよく出てくる。最初に話に出てくるのが「七人の愚連隊」、シナトラ一家のミュージカルが出てきたのには驚いた。9歳にしては渋いが、ミュージカル好きにはたまらない作品だ。その後もラクウェル・ウェルチの「恐竜100万年」とか、「チキチキバンバン」等が画面とともに現れる。やはり音楽好きの家族だな。ケネス・ブラナーは「恋の骨折り損」をミュージカル仕立てで作ったりしていて、ミュージカル好きに違いないと思われる。

映画館で映画を楽しむバディと家族
映画を楽しむ左からマ、パ、グラニー、バディ、ウィル
©2021 Focus Features, LLC

街の中ではプロテスタントとカトリックの戦いが進み、両親はロンドンに移住しようかと悩んでいるが、バディにとってはこの街から離れたくはない。隣近所には同じ年頃の遊び仲間、優しいおばあちゃん(グラニー)、おじいちゃん(ポップ)がいるのだから。

演じた人たち/作った人たち

この映画の主人公は9歳の少年バディ。彼の兄はウィルだが、母はマ、父はパ、祖母はグラニー、祖父はポップと呼ばれていて名前は付けられていない。子供視点ということだろう。
主要キャストにはベルファストや北アイルランドの他の町、或いはアイルランド出身者が多い。

野原を歩く主人公のバディと父親
バディとパ
©2021 Focus Features, LLC

少年バディには約300人のオーディションを勝ち進んだジュード・ヒルが扮している。北アイルランドのギルフォード出身だ。
ベルファスト出身には、パを演じたジェイミー・ドーナン、ポップを演じた北アイルランドを代表するベテラン俳優キアラン・ハインズがいる。
マを演じたのはカトリーヌ・バルフ、アイルランドのダブリン出身、グラニーを演じるのはイギリス俳優陣のトップにいる大ベテランのジュディ・デンチ、イギリスのヨーク出身だ。

ダンスをする父親と母親
踊るパとマ
©2021 Focus Features, LLC

兄のウィルを演じたのはルイス・マッカスキーだが、残念ながら出身地は分からない。

この映画の製作・監督・脚本のケネス・ブラナーは、当然ながらベルファスト出身。前号でお伝えした「ナイル殺人事件」では製作・監督に加え主演もしていて、俳優としても監督としても大活躍している。

ケネス・ブラナーとジュード・ヒル:監督ブラナーと話すバディ役のジュード・ヒル
ケネス・ブラナーとジュード・ヒル:監督ブラナーと話すバディ役のジュード・ヒル
©2021 Focus Features, LLC

音楽を担当したのはロック界の大御所ヴァン・モリソン、彼もベルファスト出身だ。「映画の時代1969年にはモリソンは既にベルファストの英雄的存在だった」とブラナーは言っている。モリソンも「すばらしい経験ができた。映画製作に参加できて本当に楽しかった」と語っている。
3月27日に授賞式がハリウッドで行われるアメリカのアカデミー賞には次の7部門でノミネートされている。
作品賞、監督賞(ケネス・ブラナー)、助演男優賞(キアラン・ハインズ)、助演女優賞(ジュディ・デンチ)、脚本賞(ケネス・ブラナー)、音響賞、主題歌賞(「Down to Joy」ヴァン・モリソン)

白黒画面でケネス・ブラナーが愛したベルファストの町、そこに住む人々を描いた映画は、不思議と我々にも郷愁を感じさせ、家族の大切さを教えてくれる。

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