イギリス映画談
~蘇生人間が成長しながら世界を巡る!!『哀れなるものたち』~

2024年1月26日公開

『哀れなるものたち』ポスター
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

惹句のない映画『哀れなるものたち』

不思議な物語だ。自ら命を絶った女性が、天才外科医によって蘇生され、命のないものから命を持ったものとなり、赤ちゃんの脳から成長していくという物語だ。時代は19世紀後半のようだが、内容は実際にはありえないことを描くSF物語。天才外科医はまるでフランケンシュタイン博士のようだ。

蘇生した女性ベラ・バクスターを演じるエマ・ストーン
蘇生した女性ベラ・バクスター(エマ・ストーン)
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

命を作ってしまうというSFストーリーであり、人間として作られ成長していく物語であり、言葉を覚え、自分の肉体のままに快楽も求め、男性とも付き合い社会生活をおくり、更に見聞を広めに世界を巡る物語である。女性の権利にさえ目覚めていく。
つまり人間の全生活に関わる物語とも言えようか。

『哀れなるものたち』イメージ写真、落書きされたベラの顔
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

こんなに生きることの総てに関わってくる映画は結構珍しい。それでなのか、この映画の宣伝には惹句(じゃっく)が用いられていない。映画のチラシにも、ポスターにも、予告編にも見る者を引き付けるうたい文句(惹句)が見当たらない。大きな目でこちらも見つめるエマ・ストーン演じる主人公の姿がチラシにも、ポスターにも見られるのみだ。
簡単に一つの文句で言い表すのが難しいのだろう。

多彩な物語の元となった原作

この物語はイギリスの作家アラスター・グレイ(1934年12月28日~2019年12月29日)が1992年に小説として発表している。グレイは25年をかけて書いた長編「ラナーク」(1981年)で小説家としてデビューしているが、画家、詩人、劇作家でもあるという。
日本で出版されたのは「ラナーク」「哀れなるものたち」の2作だが、他に7編の長編小説があり、短編集、詩集、ノンフィクション、戯曲、テレビ・ラジオ作品などが発表されている。マルチに才能のある方だったようである。映画も様々な見方ができるのは、こうした方の原作によるところがあったのかもしれない。

映画を作った監督

監督はヨルゴス・ランティモス、ギリシャ・アテネ生まれの50歳。日本で公開された作品は、「籠の中の乙女」「ロブスター」「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」「女王陛下のお気に入り」があり、2~3年に1本くらいの割合で作品を送り出している。ほとんどの作品で製作、脚本を兼ねているが、今回は製作のみ兼ねている。注目を浴びたのは「ロブスター」で、家庭を持ち、子孫を残すことが義務とされた近未来で、それができない者は希望する動物に変身させられるという奇抜な設定。主人公はロブスターを希望するというものだ。現世界ではありえない変身を語るために近未来というSF的設定が、彼の特徴ともいえる。今回の作品でも、死亡した女性を天才的外科医が蘇生させるというSF的設定がされている。しかし堅苦しい映画ではなく、奇抜な設定によるコメディと言っていい。
最も有名なのは「女王陛下のお気に入り」だろうか。女王陛下の愛のもつれを描くこの映画で、オリヴィア・コールマンが米アカデミー賞主演女優賞を受賞している。
今回の新作は「ロブスター」路線に沿った作品と言えようか。

監督と主演女優のつながり

「女王陛下の気に入り」に出演していたエマ・ストーンが、この新作では主演となる。エマ・ストーンと言えば、2012年の「アメイジング・スパイダーマン」でのスパイダーマン(アンドリュー・ガーフィールド)の恋人役で目立ち始め、その続編「アメイジング・スパイダーマン2」やメキシコの監督アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」の話題作で助演として活躍、2016年の「ラ・ラ・ランド」でついに米アカデミー賞主演女優賞を受賞することになった。

翌年テニスプレイヤーのビリー・ジーン・キングの役を演じた「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」に出演した後、2018年に「女王陛下のお気に入り」に出演、受賞はならなかったもののアカデミー賞助演女優賞にノミネートされている。
大きな目とちょっと低めのハスキーヴォイスが魅力のエマは、時代物よりは現代、更に言ってみれば近未来的な作品の方が合っているのではないか。その意味では今回の新作は彼女に最も適していたといえる。それもあってか、彼女は主演だけではなく製作にも参加している。羞恥心もない半人間のためすべてをさらけ出してしまう役。彼女は決意をもって人間創造物語に挑んだのだろう。

ロンドンからロンドンへ

多くのアンティークプレートが壁に飾られた室内で話すゴッドウィン・バクスターと助手マックス
天才外科医ゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)と助手マックス
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

物語はロンドンの天才外科医ゴッドウィン・バクスター(略してゴッドと呼ばれている、まるで神のように)が自殺した女性を蘇生するところから始まる。バクスターと助手のマックス・マッキャンドレスに見守られた女性は、ベラと名付けられ、無垢の脳に急速に知識を詰込まれ成長、普通の人間に発達していく。

本を読むベラ
本を読むベラ
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

やがて邪悪で淫らな危ない男ダンカン・ウェダバーンとポルトガルのリスボンに出かけ、更に地中海をアテネ、アレクサンドリア、マルセイユと船で巡り、やがてパリでは世界で一番古い職業で働き、そしてロンドンに戻ってくる。

薄暗闇の空と海を背景に、船の上を歩くベラ
アテネに向かう船の上のベラ
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

話すこともできず、動きもぎこちなかったベラが、普通の人並み以上に話し、パリではフランス語も話し、動きも徐々にスムーズになっていくという成長する姿を目にする。心と体が徐々に一体化し、一人の人間になっていくのである。

木漏れ日の森の中で話すベラとマックス
ベラと外科医の助手で彼女の婚約者マックス(ラミー・ユセフ)
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

映画の中でも最も語られることの多い成長物語、少しひねりの効いた展開ですすむ冒険物語をお楽しみください。

『哀れなるものたち』公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/movies/poorthings

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海外パッケージツアーの企画・操配に携わった後、早めに退職。映画美学校で学び直してから15年、働いていた頃の年間100本から最近は年間500本を映画館で楽しむ...

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