アンティーク手引書としての『ダウントン・アビー』
~ プロローグ~
ダウントン・アビー
UK Walkerをご覧になっている皆さんであれば、『ダウントン・アビー』をご存知の方も多い事かと思います。2010年に英国最大手の民間放送局ITVで製作・放送スタート以来、世界各国で大ブームを博した人気長編ドラマです。
日本でも民間では2014年にNHKで放送開始され、毎週日曜日の深夜の放映時間を心待ちにしていたファンも少なくなかったでしょう。
イングランド郊外に佇む大邸宅、“ダウントン・アビー”で暮らす英国貴族とそのファミリーに仕える使用人達とのそれぞれの人生模様を当時の史実や世界情勢を背景に描いた歴史時代劇。
英国で5年間に渡り放送され、全52エピソード。また2019年には映画も製作され、日本でも2020年に公開されており、今も尚、その人気は続いています。
1910〜1920年代頃を舞台にしたこの物語。 長編で登場人物が多い事に加え、英国やヨーロッパの歴史・社会的背景・文化などなどがストーリーに深く絡んでくるので、充分に理解するにはある程度の事前の知識を要します。とは言いつつも、実は私自身は前知識が不十分であり、その歴史・社会的背景をスルーしながらも、ちゃっかりとドラマを楽しんでいたのですが・・・!
ダウントン・アビーをおすすめする理由
そんな私と同様に英国やヨーロッパの歴史などに疎い方に対しても、このドラマをおすすめ出来る点は、貴族・使用人と階級が異なりつつも、個性豊かな様々な登場人物の人生模様が描かれたヒューマンドラマとして楽しめるという事。
更には複雑なストーリーを理解するのが面倒な時には、ぼんやりと英国貴族の華やかな暮らしぶりや、美しい田園風景を映像として流し観するだけでも良いからです。
現在、私は先代であります母の生業を引き継ぎ、東京でアンティークショップを営んでおりますが、お客様の多くが『ダウントン・アビー』のファンであり、またその殆どの方は史実的な背景などの理解が不十分でありつつも、古き良き時代の英国貴族の暮らしぶり等々、映像を通して楽しんでおられます。
アンティークを語る上で英国を切り離す事は難しく、また英国アンティークを愛する者へは『ダウントン・アビー』は最もおすすめで、優秀な手引書と言えるでしょう。
多くのエピソードが”ダウントン・アビー”の館内で展開されていくので、代々、ファミリーが大切に守り、受け継いで来た贅を尽くしたアンティークの家具や調度品の数々を、じっくりと目にする事が出来るのです。
そして登場してくる貴族の面々は美しい衣装やジュエリーで身を纏っています。
それらも殆どがアンティーク、又は忠実に復刻された品々です。
そもそも物語の舞台は今から100年程前の設定であり、更にはそれより遡った時代から継承されてきた品々で館も人も彩られているのですから、その歴史の重みを見て取れます。
アンティークとヴィンテージ
このサイトを閲覧されている皆さんの中には、アンティークにご興味を抱いておられる方も多いのではないかと思います。
そもそも「アンティーク=古いモノ」という事は既にご理解頂いている通りですが、似た言葉で「ヴィンテージ」と混同され、それぞれの古さの違いについて質問を受ける事が度々あります。
どちらも「古いモノ」である点は同意なのですが、アンティークについては1934年にアメリカ合衆国で制定された通称関税法により、「製造されてから100年以上経過した手工芸品・工芸品・美術品」と定義付けされています。
しかしながら、この100年という括りは、あくまでも関税法という観点からです。現代に大量生産を中心に製作されている製品が、100年後にアンティークと言えるかというとそういう事でもありません。「現在ではとても製造出来ないハンドメイド、又はそれに準じており、美術的・芸術的価値のあるもの」という概念が付随しなければならず、それが一般的であります。
一方、ヴィンテージについては少々曖昧なのですが、アンティークよりは新しい時代のものになります。又、アイテムに依っても意味合いが異なり、用語の由来ともなるワインであれば、ヴィンテージ ワインは高級・優良な意味を持ちますが、家具や服装品などは少しカジュアルな印象を抱く事が多いと言えます。
私と英国の出会い
さて、英国が好き、また訪れた事がある方であれば、時代を経てきた古いモノやクラシックな文化・風習に興味を抱いている方は多い事でしょう。
初めて私が英国を訪れたのは、今から確か32~33年前。
日本がバブル景気真っ盛りであった1980年代後半、当時は父が仕事の関係でロンドンに駐在しており、高校生であった私は学校の休暇の際に父の元を訪れていました。
多趣味な母の影響で幼少期の頃から和洋を問わずに骨董品やアンティークに興味を抱くような渋い嗜好を持った私は、英国を訪れた際には必ずアンティークショップへも足を運んでおりましたし、歴史を感じさせる建造物や、美術館・博物館巡りに心を躍らせたものです。
残念ながら今では随分とロンドン、特に郊外のアンティークショップは激減してしまいましたが、当時はそのような類いのショップは町々に沢山あったものです。
マナーハウスでの体験
また、大学生の時には一ヶ月程ですがイングランド郊外のマナーハウスにホームステイした事があります。
マナーハウスとは、英国の旧貴族や名士などが所有する土地=荘園において領主が建てた邸宅です。
“ダウントン・アビー”に比べれば遥かに規模は小さかったものの、立派な館であり、代々受け継がれてきたと思われるアンティークの家具や調度品で館内は整えられていました。今から思えば、ちょっとした『ダウントン・アビー』体験です。
アンティークに興味があり、そこそこの知識があった私にとっては興味深く、素晴らしい環境です。貴重で美しい品々に囲まれ、その好奇心から拙い語学力を必死に駆使しながらも積極的にホストファミリーとコミュニケーションを図る事に努め、お陰で彼らもフレンドリーに私に接して下さったものと記憶しています。
遥か彼方、日本からやって来た若者が、もしかすると英国人以上に英国アンティークに理解を示し、興味津々だった様子が新鮮だったのかもしれません。
そのような経験を通し、何度か英国を訪れる度に英国人が古いモノをとても大切にするという事を肌で感じました。又、古いモノを通して、その国の文化や生活に興味を抱く
きっかけにもなりました。英国人にとって古いモノは特別であると同時に、生活、更には人生に欠かせないのでしょう。
程よい昔、100年前が舞台の『ダウントン・アビー』
さて、話を『ダウントン・アビー』に戻します。
『ダウントン・アビー』は歴史的時代劇とは言いましても、100年程前の物語です。
古過ぎずに丁度良いのです。
100年の時の流れ、時代の変化をどう捉えるかは人それぞれですが、そんなに大昔とも思えません。実際に100年程前が舞台となっている他のドラマや映画を観ても、さほど違和感を感じないものです。言うまでもありませんが、スマホやパソコンなどのコンピューターは無く、アナログな世界ではありますが・・・イメージ出来る程度の昔とでも言えば良いでしょうか。
英国を舞台にした時代物の映画やドラマは数多くありますが、1900年代初期頃というのは程良く古き良い時代背景を感じつつも、リアリティを見据える事が出来ます。それが1800年代、更に古典的な時代にまで遡りますと途端に世界観をイメージしづらく、登場するヒト、そしてモノに感情移入しにくくなるように思うのです。
ですので、100年程前が物語の舞台となっている『ダウントン・アビー』は丁度良いのです。
アンティークジュエリーの取り扱い
前述したように私はアンティークショップを営んでおりますが、現在の主な取り扱い品目はジュエリーです。アンティークジュエリーの世界も掘り下げていくとかなり奥が深く、100年以上前と言いましても100年前なのか、150年前なのか、更に古い時代なのか、製作された時期に依ってデザインや用いられていた素材、そして醸し出される雰囲気は大きく異なります。
『ダウントン・アビー』には貴族階級に属するレディー達が何人も登場してきますので、多くの美しいジュエリーを目にする事が出来ますし、貴婦人達に仕えるメイド達の装いと見比べていく事で、容易に英国の階級社会というものを知る事が出来ます。
因みに貴族のレディー達が纏っているジュエリーの数々は、100年程前に製作されたモノと、それ以前に製作されて代々受け継がれてきたモノとがあります。何にしても、その時代にマッチし、ファッションに取り入れられた品々です。
実は私見なのですが、私がお客様にアドバイスする機会が多く、またお客様からのリクエストが多いのは100年程前のモノ=『ダウントン・アビー』時代の頃の、しかも英国のモノが多いのです・・・。
ネックレス/リング共に、1900年代初期の頃に製作されたであろうジュエリーです。
まだ養殖真珠が用いられなかった頃で、貴重な天然真珠が使用されています。
ネックレスはクローリー家の三姉妹(メアリー・イディース・シビル)が装着していそうな、とても繊細で、エレガントなガーランド デザインです。
1900年代初期(エドワード王朝時代)は、その前の時代(ヴィクトリア王朝時代)が重厚感のあるファッションであった事に比べると、装いが非常にエレガントで軽やかになっています。
そのようなドレスに伴い、ジュエリーも繊細でエレガントなのが特徴です。
リングは、クラシカルなデザインの中にもモダンな雰囲気が漂っており、非常に貴族的で、格調高い中にも新しい時代の息吹を感じる事が出来ます。
クローリー家の三姉妹の中でも最も気高く、華やかなメアリー、若しくはグランサム伯爵夫人 コーラが身に付けていそうなリングです。
次号は、『ダウントン・アビー』に見られるモノ、特にジュエリーを中心に綴っていく予定です。