イギリス映画談 ~イギリスのパブは人が集まるところ『オールド・オーク』
2026年4月24日公開
イギリス社会の様々な面を見せながら多くの作品を作ってきたケン・ローチ監督の最後の作品がやってきた。

物語の舞台はイングランド北東部の町

2016年シリア難民が町にやってくるところから映画は始まる。難民に”自分の国に帰れ”と一部の人たちが叫ぶ。町は特定されていない。大きな町ではない。おいおい分かるが、炭鉱があってかつては賑わいのあったところらしい。イージントン炭鉱事故があったとか、1984年の炭鉱ストライキがといった言葉がきこえてくる。つまり、かつて栄えていた町が炭鉱の閉鎖と共にさびれて寂しいところになってきた町ということが分かる。イギリス・イングランドの北東部にある大きな町ダラムの近くということも分かる。イージントン炭鉱はダラムから東に約18㎞にあり、この近辺の町ということだろう。

イギリスの炭鉱地帯を調べると、主要炭鉱地帯の一つにノーサンバーランドがある。イングランド東部の最北端にあり、スコットランドと接している。ダラムはこのノーサンバーランドの南で接するダラム州にあり、この映画の舞台はこのダラム州のどこかの町が想定されているのではないかと思われる。
イギリスの石炭産業
「鉄の女」サッチャー政権下、1984年に行われた炭鉱ストライキは今までにも映画で描かれた。2000年に作られた「リトル・ダンサー」は1984年のダラムを舞台に、バレエダンサーを目指す少年の物語だが、父や兄は炭鉱夫でストライキをしていたのだ。
1947年に国有化されたイギリスの石炭産業は、1980年代には採算の取れない炭鉱の閉鎖を阻止しようとする労働者側と政権側とが対立した。1年に及んだこの大ストライキは、労働者側でも分裂があり、労働者側と政権の争いはサッチャー側の勝利で終焉している。映画の初めでシリア難民に「自分の国に帰れ」と叫んでいたのは、炭鉱閉鎖により働く場所がなくなった労働者たちだったのだろう。自分たちの不幸を弱い者たちにぶつけて鬱憤を晴らそうとしているようにみえる。
人が集まる場所としてのパブ
この大ストライキから約30年が経過した頃のあるパブを舞台に物語が語られる。映画の原題”The Old Oak”はパブの名前だ。イギリスの酒場パブはPublic Houseの略で、もともとは人々が集まれる場所を意味していた。炭鉱が閉鎖され活気を失った町で、パブを経営するのも大変そうだ。映画の主人公、バブの店主TJ・バランタインは経営難に苦しんでいる。

パブに来ているのも中年男性のみになっているようだ。
このパブには、長らく閉められている部屋がある。かつて炭鉱が?栄していたころ、多くの人々がパブにやってきて疲れをいやすとともに、街の人々との交流も行われていた。この部屋はそうした集まりに使われていたようだ。
町に新たにやってきたシリアの人々、祖国を離れざるを得なかった人々に少しでもしてあげられることがないかとバランタインは思う。

そして、シリア人家族の娘ヤラと協力して、街の人々との連帯をも実現したいと考えるのだった。
ケン・ローチ監督、最後の映画

現在89歳のケン・ローチは1967年に「夜空に星のあるように」で長編映画の監督デビューを果たした。その前年にテレビ映画作品「キャシー・カム・ホーム」を作っている。この作品は日本でも確かNHKで放送され、偶然にもそれを見て感心した覚えがある。ロンドンで暮らす若い夫婦が、子持ちを認めない賃貸住宅から追い出され、さらに夫が事故で職を失い追い詰められていく物語。社会制度が個人に及ぼす影響を鋭く描くというケン・ローチの作風がうかがえる。
映画製作においても基本的にこの姿勢は変わらなかった。30本以上の作品はバラエティに富んでいるが、常に労働者サイドから見つめている作品が並ぶ。この姿勢は最後の作品まで変わらなかった。
3年前に発表した「オールド・オーク」は、その前の2作「私は、ダニエル・ブレイク」「家族を想うとき」に続く「イギリス北東部3部作」の最終作だ。そして、彼の最後の作品と監督自らが語っている。

脚本家ポール・ラヴァティの言葉
1990年代初頭からローチに協力し、話し合いながらこの最終作でも脚本を担当したポール・ラヴァティが、映画に出てくるダラム大聖堂での撮影のことを書いている。
“希望とは、2019年にこの物語について初めて話し合った時から私たちが格闘してきたテーマだった。実際、これは私たちが90年代初頭の最初の共同からずっと夢中になってきた題材でもある。そこで2022年6月17日の話をしよう。私たちは息を飲むほど美しいダラム大聖堂で、あるシーンを撮影した。この日こそ、私の人生で永遠に忘れられない日となった。しかもこの日はケンが86歳の誕生日でもあり、まさに祝福にふさわしい日だった。”

シリア難民に”自国に帰れ”との罵声から始まった映画は、異なった立場にある人々の間の連帯を求めて進んでいく。
公式サイト:https://oldoak-movie.com/












