イギリス映画談 ~時間いっぱい輝いて生きる『We Live in Time この時を生きて』~
2025年6月6日公開

人生には色々あるのが当たり前。この映画でも、路上駐車で留め置いた車の前後に他の車がくっつく程近くに駐車したり、二人だけで話そうとした部屋に他の人が入ってきたりする。だから、楽しかるべき恋愛映画の中に、泣いてしまう悲劇が紛れ込んでいることはよくあること。むしろ、ひとつのジャンルにさえなっている。そのジャンルの新作がやってきた。
この映画はどんどん跳ね回る
始まって数分、男性主人公(アンドリュー・ガーフィールドが演じているので分かる)が離婚届けにサインしている画が突然現れる。えっ、恋愛映画じゃないの?と思っている間もなく、彼がバスローブ姿でコンビニに行き、チョコ菓子を買って食べながら歩いていると、車にぶつかってしまう。次は病院で、首を固定され、顔にも細かい傷のある主人公と、見舞いに来た女性が会話している。知らない女性のようなのだが・・・。

© 2024 STUDIOCANAL SAS – CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION
次は、既に3歳の女の子がいる風景になり、その後もこうした時空間を行き来する描写が続く。
時々これはいつの事?と思うのだが、見ていれば分かってくる作りになっている。女の子だったり、髪型だったり、体形だったりのヒントが、上手く使われている。
時間が順番に出てくるのではない。時はいつも跳ね廻っている。描写される時代は無制限にいくつもある訳ではないので、付いていくことができる。が、この映画は2回見るとより理解が深まる。時間とお金が許す方にはお勧めです。

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いずれにしても心を躍らせて、映画の跳ね方を楽しもう。
この映画のふたり

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アンドリュー・ガーフィールドが演じているのは、シリアル会社ウィータビックスに勤めている30代男性トビアス・デュラン。ガーフィールドは1983年生まれのアメリカ人俳優、「アメイジング・スパイダーマン」で主役を演じた。その配役が発表された時、彼で大丈夫かと思ったものだ。どちらかと言えば線の細いタイプだったから。

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俳優としては、スパイダーマンで有名になり、その後はその繊細さが上手く使われて「ハクソー・リッジ」「アンダー・ザ・シルバーレイク」等でその演技力を発揮している。今回はその繊細さを活かしてトビアスを演じている。
トビアスと結ばれるアルムート・ブリュールは新進気鋭のシェフ、演じているのはフローレンス・ピューだ。1996年生まれのイギリス人女優。「ミッドサマー」「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」等で若手演技派の評価を得てきたが、最近ではニューアベンジャーズである「サンダーボルツ*」で主役を演じていて、印象は随分変わった。実にサバサバとし、くっきりしている。鼻がちょっと上を向いているのが可愛く、魅力的だ。

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そうした印象は今回のアルムート役に結びついてくる。どんな時にも前向きに、活力を失わない女性だ。自分の危機に際しても、その方向性は変わることなく、残された時間を副作用の多い治療で苦しむより、自分らしく生きたいときっぱり。
この二人のコンビは、互いにないところを補ってぴったりしている。
特にピュ―は、この作品が代表作になるのではなかろうか。たとえ坊主頭になっても、それが魅力的に見える。坊主にする時も素敵だ。彼女がいるので、映画も輝いてくる。

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ボキューズドールって?
ポール・ボキューズは、食べることに興味がある人ならば、フランス・リヨン郊外にあるレストランの名前で、そのオーナーシェフの名前でもある事はご存知だろう。ボキューズ本人は2018年に亡くなっているが、レストランは拡大を続け日本にも複数のお店がある。
そのボキューズが1987年に始めたのがボキューズドールで、2年毎に1月に行われる「美食のワールドカップ」とか「料理オリンピック」と言われる料理のコンクールだ。1位には金の、2位には銀の、3位には銅のボキューズ像が贈られる。
今年は20回目となり、フランスが9回目の金のボキューズ(ボキューズドール)を獲得した。美食の国フランスは流石に強いが、1~3位の入賞回数では、ノルウェーが13回でトップ、フランスが12回、デンマークが9回、スウエェーデンが8回となっていて、北欧の強さが際立つ。

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この映画のアルムートはボキューズドールのイギリス代表としてイタリアで行われるヨーロッパ地区の大会に参戦しているという設定。イギリスは残念ながら今までに入賞したことはないが、アルムートがいかに優れたシェフかを表すため、ボキューズドールが使われている。イギリス、あるいはヨーロッパではボキューズドールが有名と言うことだろう。
”We Live in Time”を作った監督
監督は1969年アイルランド生まれのジョン・クローリー。今までに6本の長編映画を監督しているが、その中では2015年の「ブルックリン」が、故郷のアイルランドからニューヨークに渡った女性の物語で印象深い。
今回もアルムートという女性を温かく見守りながら描いている。

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舞台は地味で普通のロンドンの街”ハーン・ヒル”
アルムートが住んでいるのはハーン・ヒルという所。ロンドンとはいえ、バッキンガム宮殿からは南東に約6㎞のところにある地区。華やかさは全くない、ごく普通の街。人々が暮らし、働き、子育てをするというごく普通のロンドンだ。

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監督のクローリーは「ハーンを舞台にしたのは、格別に華やかな街という訳ではないからです。観客に真実味を感じてもらえると同時に、恋愛映画の常道から外れることができると考えたからです。」と語っている。
地味な街でもキラキラと輝く二人の物語をご覧ください。
『We Live in Time この時を生きて』公式サイト:https://www.wlit.jp/