イギリス映画談~イギリスの中のパキスタンでカンフー映画『ポライト・ソサエティ』

2024年8月23日公開

ポライト・ソサエティ ポスター
©2022 Focus Features LLC. All rights reserved.

イギリス映画なのに、描かれるのはパキスタン人コミュニティのみという映画がやってきた。英語の題名が出た後、多分パキスタンの公用語であるウルドゥー語での題名が現れるくらいだ。昨年11月にイギリス映画談で紹介した『きっと、それは愛じゃない』もパキスタン移民の男性が登場していたが相手は英国女性だった。今回はほぼパキスタン社会のみだ。

イギリスの中のパキスタン

左から2人目の主人公リア・カーンと同学年の左からクララ、コヴァックス、アルバ
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『きっと、それは愛じゃない』から1年も経たずにイギリス映画の主人公がパキスタン人という事態。これだけでもパキスタン人がイギリス社会の中で勢力を伸ばしているのがひしひしと感じられる。
今回それがどの程度のものであるかを調べてみようと、”イギリスの中のパキスタン”で調べてみると、同じ題名の本が出てきた。この本の著者はムハンマド・アンワルという人で、ウォーリック大学エスニック関係研究センター研究専門教授という職にあった方らしい。本の紹介文では”パキスタン系労働者の社会的及び経済的状況を明らかにし、彼らがイギリス社会にどのように統合されているかを探求しています”とある。
この映画は残念なこと(?)にイギリス社会が殆ど描かれていないし、登場人物たちはパキスタン社会の中での行動のみになるので、この本の著者には参考にならないだろう。

どんな映画かって?それは

主人公、リア・カーンはパキスタン系イギリス人の高校生
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なんだがちょっと堅苦しい文面になってしまった。いかん、いかん、この映画はそんな風では全くない。むしろ、ハチャメチャで楽しいコメディ映画なのだから。

スタント・ウーマンを目指すリアは姉のリーナと訓練中
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映画はスタント・ウーマンを目指すリア・カーンが、カンフーの練習をしているところを姉のリーナにビデオ撮りしてもらっている場面から始まる。美術大学で勉強中の姉も妹の夢のために協力を惜しまない。ただ、空中後ろ回し蹴りがなかなか成功しないが、リアはあきらめない。

学校で実力者コヴァックスと闘うリア(左)
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彼女の憧れは映画で活躍のスタント・ウーマン、ユーニス・ハサートだ。彼女はアンジェリーナ・ジョリーのスタントをしたり、「スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜悪」のスタントコーディネーターをした実在の有名なスタント・ウーウーマンだ。映画の中では写真の彼女が登場するが、最後にはその声も聞くことができる。
リアには女子高に二人の友達・クララとアルバがいて3人がいつもつるんでいるが、彼女たちを処女軍団とからかうコヴァックスという強敵もいる。この関係もおかしく楽しい。

リアの二人の親友クララ(右)とアルバ
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パキスタン人母親の集まりでは、子供たちの結婚が話題に。そこから姉リーナにお見合い話が。お相手は富豪の息子サリム・シャー。母親はラヒーラ、怖いくらいに目鼻立ちのはっきりした女性だ。

ロンドンのパキスタン人社会での実力者ラヒーラ
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最後の章は「ウエディング」

映画は5つの章で描かれる。第1章は「二姉妹物語」、第2章は「イード(祝祭)の夜会」、‥で第5章は「ウエディング」だ。この章が一番長い。

姉リーナとサリム・シャーとの結婚式で
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画家になることはあきらめ、富豪の息子サリムとの結婚にまっしぐらのリーナは結婚したらシンガポールに転居の予定だ。リアはサリムとその母のラヒーラが怪しすぎて、結婚には絶対反対。リアは処女軍団にコヴァックスも巻き込み、結婚粉砕計画を様々に仕掛ける。

姉の婚約者の母親ラヒーラ・シャーとリアが結婚式で対決?
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それまでにもカンフースタイルで、例えばカーン対コヴァックスとか、カーン対カーン(これは姉妹喧嘩です)の戦いを描いてきたが、ここではカーン対シャーのアクションが。勿論華やかな結婚式もたっぷり描かれる。

姉の婚約者の母ラヒーラもカンフーが得意?
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映画を作った女性監督

この映画を監督したのはニダ・マンズール、1990年生まれのパキスタン系イギリス人女性で、この映画が長編映画の監督デビュー作だ。テレビドラマで、ムスリム女性で結成されたパンクバンドが活躍する青春音楽コメディ「絶叫バンクス レディパーツ!」というテレビ番組を監督し高い評価を得たという。
英国アカデミー賞テレビ部門で最優秀脚本賞を受賞している。この映画デビュー作でも脚本を書いていて、英国インディペンデント映画賞で最優秀脚本賞を受賞している。

日本語の歌が登場

この映画では多くの既存音楽が使われているが、驚いたのは突如日本語の歌が流れてきた時だ。ハスキー気味の声がどこかで聞いたことがあると思い、エンドロールを待っていると、Chicchana Tokikara Performed by Maki Asakawaと出てきた。調べると、浅川マキの「ちっちゃな時から」は1970年2月5日に発売されたとある。ジャズ、ブルースを歌っていた浅川マキはいかにも大人の雰囲気を持った歌手だった。寺山修司とのつながりもあり、アングラの印象もあった。
この歌は父親が嫁に行く娘に向って別れを告げている内容だ。2番の途中まで浅川マキの歌声を聴くことができる

そういえば、現在のロンドン市長サディック・カーンも両親がパキスタン出身。今年5月2日の選挙でも当選し、現在3期目を務めている。ご存知でしたか?
今やパキスタン社会のことを知らないと、英国自体のことも十全には理解できないと言えるのかもしれない。この映画で笑いながら学んでみてはいかがでしょう。

公式サイト:https://www.transformer.co.jp/m/politesociety/

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海外パッケージツアーの企画・操配に携わった後、早めに退職。映画美学校で学び直してから15年、働いていた頃の年間100本から最近は年間500本を映画館で楽しむ...

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