チャールズ3世戴冠式を振り返る ~ 伝統と革新

イギリス国王レガリアの笏を手にする戴冠式のひとコマ
© Aaron Chown, Reuters

5月6日のチャールズ国王の戴冠式、皆さまご覧になりましたでしょうか?
今日はここで戴冠式の大まかな流れを振り返りたいと思います。

式にまつわる全てに興味が尽きないのですが、全部書くと膨大な量になりますので控えます。お詳しい方は「あそこのあれは?」と思われるかもしれませんが、お許しください。

キーワードは「多様性」

報道でもよく言われていた通り、今回の戴冠式のキーワードは「多様性」でした。イングランドだけではなく、イギリス4国(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)やコモンウェルス(元植民地から成る英連邦)を強調する演出は随所に見られましたし、さらにはイギリス国教会以外の宗教を尊重したりや歴史的にはなかった女性に役割が与えられるなど、約70年前のエリザベス女王の時代ではありえなかったことが式典の随所に見られました。

式が始まる前、ウェストミンスター寺院内では様々な音楽が演奏されていました。ちょうど私がBBCを見始めた時間は、アフリカの黒人ソプラノ歌手、プリティ・イェンデがこの日のための委嘱作品を歌っていました。

戴冠式では音楽も重要な要素です。演奏された音楽についての詳細はこちらをどうぞ。
Classic FM:
https://www.classicfm.com/discover-music/king-coronation-music-performers-hymns-full-list/

ウェストミンスター寺院へ

国王の孫ジョージ王子も後方でマントの裾を持ち入場するチャールズ国王

いよいよ国王と女王が入堂、戴冠式ミサの始まりです。
国王の孫にして2代先の王になるはずのジョージ王子は、ペイジ・オブ・オナーというお付きの役で、国王の右手後方でマントの裾を持っています。

女性聖歌隊メンバーや聖職者が戴冠式の役割を果たす

ウェストミンスター寺院内で「主よ憐れみ給え」がうたわれるシーン

ミサの序盤に歌われる「主よ憐れみ給え」はウェールズ語で。歴代の戴冠式でウェールズ語がフィーチャーされるのは初めてです。

さらに特筆すべきは、聖歌隊に女性メンバーが多くいたことです。キリスト教の聖歌隊は歴史的には男性のみ、とくに聖歌隊文化の発達しているイギリスではごく最近、1990年代前半にやっと公に女子聖歌隊員が認められました。それでも王室の公式行事などの大舞台では今まで女性が聖歌隊席にいることは一度もなかったので、これも画期的なことです。

ヒンズー教徒であるスナク首相による聖書朗読もありました。これも多様な宗教を尊重することの表れです。

続いての聖書朗読は、なんと女性聖職者が。英国国教会では(男性オンリーのカトリックと違って)女性の聖職者、そして高位の聖職者もたくさんいらっしゃいますが、戴冠式のような大事なイベントで女性がこのような役割を果たすのは初めてです。

カンタベリー大主教のお説教に続いて演奏された歌、「Veni Creator Spiritus 来たれ、創造主なる聖霊よ」はイギリス4国すべての言語で歌われるという、これまた前代未聞の試み。英語、ウェールズ語、スコットランドのゲール語、アイルランドのゲール語が寺院に響き渡りました。

聖なる儀式”塗油”

さていよいよ、戴冠式の中で最も聖とされる大事な部分です。塗油と言って、聖なる油を国王の体に塗布します。

囲いで見れなくされた塗油の儀式

これは旧約聖書にある「司祭ザドクと預言者ナタンがソロモン王を香油で聖別した」という故事に由来するものです。かつてはイギリスでも「王は神なる存在」と考えられていた時代があり、戴冠式でのこの儀式によって君主を神格化させる意味があったそうです。もちろん現在では国王イコール神ではありませんが、この聖なる儀式の伝統は続いています。

このときに使われる特別な香油ですが、代々ジャコウネコの分泌物など動物の貴重な成分で調合されておりエリザベス女王の戴冠の時もそのレシピでしたが、環境問題や動物愛護に熱心なチャールズ国王の戴冠式では、動物由来の原料を避けたいわばヴィーガンオイルに変わりました。そのレシピは、キリスト教的に大切な場所であるベツレヘムのすぐ近くで圧搾されたオリーブオイルをベースに、バラ、ジャスミン、シナモン、ネロリ等々の精油で香り付けされているそうです。

金で出来た香油を入れる器と金で出来たスプーン
Royal Collection Trust
© His Majesty King Charles III 2023

この香油を入れる器は鷲をかたどった金でできており、一緒に使われる銀製で真珠などの飾りが付いているコロネーションスプーン(戴冠式の匙)と共に、戴冠式において最も大切なアイテムとされています。鷲の器は1661年チャールズ2世の戴冠式のために作られた物ですが、コロネーションスプーンはずっと古く、1349年に使用されたという記録が残っているそう。

この歴史的に重要な器に入った香油を大主教が指に取り、国王の手と頭と胸につけます。
が、この儀式は特に聖なるものとされており 絶対に見せないことになっています。今回も上の写真のとおり美しい刺繍が施された囲いが置かれ、聖堂内のゲストからもテレビカメラからも見えない状態で執り行われました。

儀式に使われるヘンデルの曲「Zadok The Priest 司祭ザドク」

この儀式の最中には、前述の旧約聖書のその箇所がそのまま歌詞になったヘンデルの曲「Zadok The Priest 司祭ザドク」が演奏されます。1727年のジョージ2世戴冠式のためにヘンデルが作曲した作品で、以来戴冠式では必ずこの部分で演奏されることになっているものです。イギリスでも人気の高い曲でプロムスなどでも演奏されますが、本来の場面で聴くことは一生に何度あるだろうか、という作品です。
音楽的な高揚とともにとても感動的な場面ですので、ぜひ動画をどうぞ。

戴冠の儀

続いて王の象徴である笏が手渡され、息子であり次の王になるウィリアム皇太子がサッシュを国王の首に掛け、同じく王の象徴である宝玉(オーブ)が渡されます。ここでも、王に渡されるアイテムの中でキリスト教由来でないものは、他宗教の長が手渡す役をしていました。

チャールズ国王に手渡されたオーブ

さて、ついに戴冠です。
ニュースその他でも話題になっているので、この「聖エドワード王冠」については皆さまよくご存知のことと思いますが、約2キロもある重いもの。戴冠式のこの一瞬しか被られません。エリザベス女王もインタビューで「とても重かった」とおっしゃっている映像が残っていますし、チャールズ国王も「王冠があまりに重いので、母が被って動く練習をしていたのを覚えている」ともおっしゃっていました。

カンタベリー大司教がチャールズ国王の頭に王冠を被せるシーン

キリスト教の各宗派の長が王のために祈る

王冠を戴き両手に笏を持って着座のまま、キリスト教の各宗派の長が王のために祈ります。 この部分も今回新しいところ。かつては英国国教会以外の宗派が祭壇に上がることなどありえませんでしたが、今回はカトリックはじめ、ギリシャ正教会、フリーチャーチなどの長が国王のすぐ前で祈りを捧げました。

続いてウィリアム皇太子が国王に忠誠を誓います。かつてはこの部分にたくさんの王族や貴族による誓いの場面があったそうですが、今回は皇太子ひとりとしたそうです。誓いの言葉を言い終わった後に、ウィリアム皇太子が一言お父上に向かって言葉をかけていたように見受けられましたね。

ウィリアム皇太子が国王に忠誠を誓うシーン

続いてカミラ王妃の戴冠です。

カミラ王妃の戴冠シーン

God Save The King 国歌の斉唱

お二方の戴冠が終わったところで音楽演奏。ミュージカル「キャッツ」や「オペラ座の怪人」などで有名なアンドリュー・ロイド・ウェバーにこの日のために委嘱された新曲です。この作品についてのロイド・ウェバーのインタビューで、「事前に国王にお聞かせしたのか」という問いに対し、「お聞かせしました。涙が出るほど素晴らしいと喜んでくださり、母に聞かせたかったな、とおっしゃった」と。

国王と王妃は一旦その場を去り、隣の小さいチャペルで王冠を軽いものに変えます。大英帝国王冠をつけて、片手に笏、片手に宝玉(オーブ)を持って再度お出ましです。

大英帝国王冠に被り替え再登場するチャールズ国王

チャールズ国王を先導するこの女性、王の象徴のひとつである剣を掲げて国王に手渡すなど終始大事な役割を果たしていましたが、この方はペニー・モーダントさん、政治家で枢密院議長です。この役割を女性が、というのも特徴的でしたね。

ここで God Save The King 国歌斉唱があり、国王と王妃は退場なさいます。

聖堂退出の直前、入口近くに控えていたキリスト教以外の主要宗教の長たちと挨拶なさいます。これもまた、戴冠式では初めてのことでした。

金色の馬車、ゴールド・ステート・コーチでバッキンガム宮殿へ

ウェストミンスター寺院を出発のために待つ馬車ゴールド・ステート・コーチとパレードの衛兵

寺院の外には金色の馬車、ゴールド・ステート・コーチがお出迎え。これは1762年ジョージ3世の戦勝記念に作らせた馬車で、その後1831年の戴冠式以来毎回使われています。 国王と王妃はこれに乗られて、ウェストミンスター寺院からバッキンガム宮殿までパレードです。

ウェストミンスター寺院へと向かってパレードするゴールド・ステート・コーチと衛兵たち

王室のイベントには英軍軍人が欠かせません。昨年の二大イベント、プラチナジュビリーとエリザベス女王のご葬儀でも相当な数の軍人が出たと思っていましたが、今回はそれ以上の人数だったそうです。移動後、整列する多くの軍人の前に国王ご夫妻がお出ましになり、万歳三唱を受けるシーンが壮観でした。

動画でもぜひどうぞ。
(万歳三唱 “Hip hip hooray” は4’24あたりから)

バッキンガム宮殿バルコニーでのロイヤルファミリー

そしてついにバルコニーにご登場!

バッキンガム宮殿のバルコニーに並ぶロイヤルファミリー

この日はあいにく小雨続きだったので(前回もその前も戴冠式の日はお天気が悪かったとのこと)、お約束の儀礼飛行(flypast)も予定より短くしたそうです。

以上で戴冠式当日のメインイベントは終了です。皆さま、お疲れ様でした。
イギリス国内でも王室には関心の無い、またはアンチな人々ももちろんいますが、何はともあれ一世一代のこのイベントがつつがなく終わり、遠い日本でもこうして楽しませていただけて嬉しく思います。長く重厚な歴史を踏襲しつつも時代に即した革新的な変化を取り入れた、素晴らしい戴冠式でした。
God Save The King!

【注】掲載写真の多くは、BBC中継よりお借りしています。

《ライター高島まきの告知情報》

戴冠式は英語でコロネーションcoronation。カタカナだと「コ」「ロ」「ショ」がオの母音ですが、英語ではこの3つは全て違う発音ですよ、という短い動画をアップしています。こちらからぜひお聴きください。


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高島まき

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イギリス英語発音スクール British English House 代表。日本では数少ない正統派イギリス英語発音の専門家として定評があり、自身のスクール主...

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