イギリスの方言と訛り

イギリスのパブで会話をする男女
地方のパブでは、よく訛りのある英語を耳にする
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コックニーとの出会い

イギリスの方言と訛りといえば、スコットランド語やコックニーを思い起こす方が多いだろう。約30年前、米英語を学んでロンドンへ留学したばかりの私は、ロンドンバスに乗車し(当時のロードマスターは、バス後方が開いており、そこへ飛び乗る仕組みだった)コンダクターに、どこそこに行くかと尋ねると「ロングワーイ!」と言われ、その瞬間何を言われたのか分からなかったが、ジェスチャーで「逆方向だ」ということが分かった。後でそれがコックニーだとわかった。コックニー訛りは、「エイ」読みのAを「ア」と発音する。Wrong way は、ロングウェイではなく、「ロングワーイ」、つまり逆方向というわけだ。Wednesday は「ウェンズダーイ」、todayは「トゥダイ」というように。しかも、「ア」を強調する。何だか堂々としていてかっこいい。また、語の中ほど以降にくるTを発音しないことが多い。Complicatedはコンプリケイテッドではなく、「コンプリケイ・エッド」、Tottenham はトテナムではなく「ト・エナム」というように。「・」を表記したのは、ここにつまった無声発音があるからだ。ただ、Tは発音しない。

マイケル・ケインが生粋江戸っ子ならぬ生粋コックニーのよい例で、映画『アルフィー』などで彼のコックニー訛りを楽しめる。

映画『バットマン・ビギンズ』のシーン
映画『バットマン・ビギンズ』で執事役を演じていたマイケル・ケイン
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難解なコックニー・スラング

コックニーの中でも韻を踏んだ語をコックニー・スラングといい、例えば、stairs(階段)は apples and pears、money (お金)は bees and honey、park (公園)は light and dark, water(水)はfisherman’s daughter、pound (ポンド)は Merry-go-roundのように、二語になる場合は最後の語の終わりの発音が韻を踏んでいるのがわかる。これらはそれぞれに歴史的背景があり、例えば公園は、当時暗くなる(dark)と電柱の明かり(light)がついて市営の公園の門が閉まったことから、その dark, light という言葉を使い、順番をすり替えてlight, そしてdarkにすることで dark「ダーク」が park「パーク」と韻を踏んでいる。メリーゴーラウンドは予想がつくと思うが、ポンド(英語発音ではパウンド)は「カネは天下の回りもの(Money comes round and goes round)」から来ている。「パウンド」と「ラウンド」が韻を踏んでいる。ただし、実際に使われる際にはスラングが二語である場合、韻を踏んだ部分が省略される。階段の場合、apples のみが使われ、お金は bees といった具合だ。

これらは警察を混乱させ、コックニー同士はコード化されたコミュニケーションを図ることができたという。コックニー・スラングの辞書でさえ存在する。コックニーは、労働者階級の多い東ロンドンの象徴的訛りで、労働者つまりブルーカラーの職業、例えば大工、配管エンジニア、煉瓦工などの職業に従事している人々が連想される。
これに対してホワイトカラーはシティーと言われるロンドン中心部に集中し、職業はサービス業で銀行、証券などの金融関係、弁護士や会計士、またITなどの技術系でもデスクワークを中心とする人々を象徴している。この基本的体型は最近まで変わらず、コックニーを話すロンドンっ子はまたコックニーと呼ばれ、イーストエンダーとも同義語で誇り高き存在だ。その地理的かつ文化的定義は、つまり誰をコックニーと呼べるかは、東ロンドンにある「チープサイドのセント・メリー・ル・ボウ教会の鐘が聞こえる距離で生まれた人」と定義するのが最も適切であると言われている。ただし、この体型は東ロンドンで90年代に開発されたドックランドの出現で、金融企業がこの地に多く移転したため、現在では東ロンドンの印象が大きく変わったようにも感じる。日本企業では現在みずほ証券などがこのドックランドを拠点にしている。

前置きはこのくらいにして、今回は、イギリスのあまり知られていないが代表的な方言、訛りをご紹介しよう。

37以上もの訛りが存在するイギリス英語

イギリスには37以上の訛りや方言があると言われているが、北から南下してみると、次のような代表的なものがある。

  • 北アイルランド(Northern Ireland)
  • スコットランド語/ゲール語(Scottish/Gealic: スコットランド)
  • カンブリアン(Cumbrian: カンブリア)
  • スカウス(Scouse: リバプール)
  • ジョーディー(Geordie: ニューカッスル)
  • ヨークシャー(Yorkshire)
  • ブラミー(Brummie: バーミンガム)
  • マンクニアン(Mancunian: マンチェスター)
  • オックスブリッジ(Oxbridge: オックスフォード/ケンブリッジ/イートン校)
  • コックニー(Cockney: 東ロンドン)
  • エスチュアリー(Estuary: テムズ川沿ロンドン)
  • エセックス(Essex)
  • サフォーク(Suffolk)
  • ウェールズ語(Welsh: ウェールズ)
  • バー(Burr: コッツウォルズ、コーンウォール、デボン、サマーセット)

イギリスの標準語

因みに、ご存知の通り、イギリスのいわゆる標準語(Standard English、以下”SE”)はブリティッシュ・アクセント、クイーンズ・イングリッシュ(Queen’s English)、RP(Received Pronunciation)、或いはBBCイングリッシュと呼ばれ、BBCのニュースキャスターは女性も男性もこの正しい英語が話せなければならない。得てしてイギリス国民は、毎年クリスマスにBBCで放映されるクイーンズ・スピーチを機会に、エリザベス女王の美しいクイーンズ・イングリッシュに耳を傾け、近年ネットフリックスやグローバリゼーションでもって少なからず変革の道をたどっているSEの危機ともいうべき現象を確認するのだ。

エリザベス女王
美しいクイーンズ・イングリッシュのエリザベス女王

言葉と同様に地方によって異なる人々の性格

面白いことに、方言や訛りと一緒にそれぞれの土地柄などによる文化的、気質的違いも語られる。日本で言えば、関西の中でも京都、大阪、奈良とでは言葉も違えば文化的違いも大きく、京都ではお茶を出されたら3回目まで断るのが常識、大阪では初対面の人にローンの金額や給料などズケズケと聞くのが常識、奈良の人は裏表がない正直者などと言われる。同様に、イギリス北部にもこのような比較ができ、ヨークシャーの人はとにかく出費に慎重、節約型で、とても寒い地方なのだが、クリスマス1週間前まで暖房をつけない、パブで他人の飲み物に1ペニーも出さない。カンブリアンは雨が多く、天気の話を長々と続け、危機に陥るとまず落ち着くために紅茶を入れる癖があり、また律儀な性格で、列を飛び越えることを良しとしない。ジョーディーはとにかく人懐こい、などである。
上にあげた代表的な方言訛りから、さらにかいつまんでご紹介しよう。

代表的なイギリス英語の方言と訛り

スコットランド語

スコットランド語は、イギリスの方言といえば一番知名度が高いだろう。スコットランド出身のイギリス元首相にゴードン・ブラウン、トニー・ブレアが名を連ね、俳優は『007』のショーン・コネリー、ユワン・マクグレガー、ジョン・ハナなどと映画を見ていればかなり頻繁に聞くことができ馴染み深い。

映画『007ゴールドフィンガー』のジェームズ・ボンド役を演じるショーン・コネリー
映画『007ゴールドフィンガー』のジェームズ・ボンド役を演じるショーン・コネリー
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文化的にもイングランドとだいぶ違い、ウェールズに続いてイングランドから独立した法律があることからも、文法上の違いもさながら、方言という域を超えるほど違いがあるとも考えられる。また同じスコットランド語と言っても、グラスゴー、エジンバラ、アバディーンではそれぞれ違う。エジンバラで話されるスコットランド語はSEに近いと言われるが、それはジェームズ一世が1603年初めてスコットランドとイングランドを統一した王冠連合の際、エジンバラを拠点としたことからという説が一般的だ。
スコットランド語訛りは、基本的には母音子音の使い方に大きな特徴があると言える。例えば、Rはイタリア語のように舌を巻いて強調する。Oは長く発音され、スコットランド人を指すScotはスコットではなく「スコート」とOを伸ばす。アウ発音のouはウと発音するので、houseは「ウース」、aboutは「アブート」、outは「ウート」となる。Aはイといい、todayは「トゥディー」。また方言ではman(男性)をmon「モン」、mother(母)を「ミザー」、beautiful(美しい)はbonny「ボニー」、smart(賢い)はcanny「カニー」、賢い男はcanny mon「カニーモン」となる。
ユダヤ人に並びスコットランド人はケチだと昔から言われるが、最近の世論調査によると「そうでもない」という意見が強くなっている。

スカウス

リバプーリアンとも言われるスカウスは、60年代のロックバンド、ビートルズのおかげで世に広く親しまれている。その名の通り、リバプール特有の方言だ。4人とも生粋のスカウスである。ジョン・レノンやポール・マッカートニーの歌声に、どこか田舎っぽい感じがあるのはこのスカウスのためである。

演奏するビートルズの4人
リバプール特有のスカウスを話すビートルズメンバー
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しかしスカウスはイギリス英語よりも米英語に近いと感じられることもある。それは、RとLの発音に理由があり、例えばRはスコットランド語ほどではないが、米英語程度に舌を巻いて発音する。『I saw her standing there』で、herを「ヘール」、Worldは「ウィールド」と発音している。『She loves me yeah yeah yeah』のyeah「イエー」からも強いスカウスが聞き取れる。因みに「リバプール」はスカウスでは「リバピュール」と発音する。マッカートニーはロンドン始め世界中を転々と移住したが、コンサートに行く度、彼のスカウスが健在であることにいつも安心する。

ジョーディー

ジョーディーはニューカッスルとその周辺の地域で話される方言で、ブレンダ・ブレシンがTVドラマ「Vera」で演じる女探偵ヴェラに代表される。このドラマは主な舞台がニューカッスルで、殺人現場のロケ地は特に自然に囲まれた絶景が多く、景色とともに楽しめる。驚くのは、ブレシン自身がジョーディーではないことだ。全て役のために学んだ訛りである。反対に、米俳優グレッグ・ブライアンは米刑事ドラマ『Castle』でジョーディー訛りの役を演じたがその発音の悪さに批判を浴びた。因みにCastleはSEだと「カースル」、ジョーディーだと「カッスル」、米英語だと「キャッスル」である。

映画『ビリー・エリオット』のポスター
映画『ビリー・エリオット』の主役ジェイミー・ベルはジョーディーを使っていた
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2001年に英国アカデミー賞を受賞した映画『ビリー・エリオット』は、ニューカッスル近くの炭鉱町ダラムで炭鉱夫によるストライキがあった1984~85年が舞台で、主役ビリーを演じたジェイミー・ベル始め役者全員がジョーディーを喋っており(厳密にいえば父役を演じたゲリー・ルイスのみスコットランド語だが、北の訛りということでジョーディーとかなりなじんでいる)、なかなか見応えがある。バレエの女性講師役のジュリー・ウォルターズがタバコを吸いながら子供達を指導するシーンなど、今では考えられないが、当時の様子が鮮明に描かれている。ミュージカルにもなった作品で、ウエストエンドでも劇場でロングランとなった。

カンブリアン

イングランド北部の方言で最も興味深いのは、カンブリアンだ。いや、イギリスの方言で最も興味深いのはカンブリアンであると言っても過言ではない。カンブリアンはカンバーランド・ソーセージで知られるカンバーランドとウエストモアランドと湖水地方も含めたその周辺イギリスの北西部で話される方言で、スコットランドのすぐ下、イングランドとスコットランドの境界あたりの広範な地域である。カンブリアンはこの地の古い言語である旧ノースにケルト語が混ざって派生したというのが一般的な理解だが、旧ノースとは何かと言うと、要するにかつてのバイキング語である。残念ながら旧ノースが発展してできたカンブリック語が20世紀初頭に消滅したのと同時に消えてしまった。現在は新ノースがバイキングの住んでいた地、いわゆるデンマーク、スウェーデン、ノルウェーで使われている。カンブリアンはこれにスコットランドから入ったケルト語が入り交ざって派生した。このため、例えばgo(行く)はカンブリアンではgaan「ガァン」といい、これはデンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語(新ノース)に共通するgåと密接に繋がっている。他に例を挙げると、go home(家に帰る)はgaan yam「ガァンヤム」、food(食事)はscran「スクラン」、alcoholic drink(お酒)はpeeve 「ピーヴ」、look (見る)はdeek「ディーク」といって、「見てください」は take a look ではなく take a deek 「テイク・ア・ディーク」というように使う。特筆すべきは数字の数え方で、カンブリアンではケルト語を使い、今でもこの土地の羊飼いたちはケルト語で羊を数えているという。One は yan「ヤン」twoは tan 「タン」three は tethera「テザラ」というように。コックニー・スラング同様カンブリアンの辞書も本屋さんで手に入る。

カンブリアンが使うケルト語の数字の数え方を羊のイラストで表す資料
ウエストモアランドで使われている数字の数え方
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更に広範囲で言えば、マンチェスターから北の地域は旧ノースの影響を受けているので、いくばかりか発音が似ている。例えば、Uは口をすぼめて「ウ」と発音し、busは「ブス」、pubは「プブ」と言う具合だ。またAの「ア」は短くなり、askやbathの「ア」は極力短く発音する。イギリス北部の訛りが得てして似ているのが、長い歴史の中で侵略戦争を繰り返したことによりケルト人やバイキングから大きく影響を受けていること、それによってスカンジナビアの言語に共通していること、また周りの地域に流通して行ったことによってそれらが広がっていったことなどを考えると、非常に興味深い。

オックスブリッジ

オックスフォードとケンブリッジをひとくくりにオックスブリッジというが、ここにイートン校を加えて、これらの学歴のある人々の発音をオックスブリッジ、これらの人たちを時にイートン・ボーイ(ガールとは言わない)とも呼んでいる。これを訛りと呼ぶのはちょっと気がひける。
ボリス・ジョンソン現首相の発音は紛れもなくイートン校出身オックスフォード大卒の証である。

記者会見を行うボリス・ジョンソン首相
オックスブリッジを使うイギリス首相のボリス・ジョンソン
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オックスブリッジは、『ミスター・ビーン』で日本でも有名なコメディアン、ローワン・アトキンソン、『フライ・アンド・ローリー』で知られるコメディアンのスティーブン・フライとヒュー・ローリー、『フォー・フューネラル・アンド・フォー・ウェディングス』で主演のヒュー・グラントなどから聞き取れる。

映画『ミスター・ビーン』のシーン
コメディ『ミスター・ビーン』で演じるローワン・アトキンソン
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イギリス英語の中で一番ポッシュ(上品で知的)な英語と言われる。1980年代にBBCで放映された15世紀から第一次大戦までという長い時代を舞台にした大英帝国陸軍のフィクション・コメディードラマ『ブラック・アダー』は、ローワン・アトキンソン主演の世代を超えた人気ドラマで、ヒュー・ローリーとスティーブン・フライも出演している。このコメディーはオックスブリッジ英語のバイブルとも言え、イギリス人はもちろん、イギリス英語を学ぶ留学生には必見の古典である。

BBC放送のフィクション・コメディードラマ『ブラック・アダー』のポスター
ローワン・アトキンソンは、コメディードラマ『ブラック・アダー』でも主演に

コックニー

コックニーに関しては冒頭で細かく述べたが、コックニー・スラングの極みはガイ・リッチー監督の初期作品『ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・バレルズ』というロンドンのギャングスタ―の犯罪を描いた映画で楽しめる。また、スタンリー・キューブリック監督の映画『時計仕掛けのオレンジ』(1971年)もコックニーの代表的作品と言える。

映画『時計仕掛けのオレンジ』のシーン
コックニーの代表作のひとつ映画『時計仕掛けのオレンジ』

ただし映画の中で使われる言語はコックニー・スラングとスラブ語(特にロシア語)を混ぜたナッドサットと言うちょっと特殊な言語になっている。こちらは、アカデミー賞は逃したものの、ベニス国際映画賞を初め多くの賞を受賞し評価されたが、その過激すぎる暴力シーンは大々的に批判され、当時数々のコピーキャット犯罪を招いたといわれた。そのため脅迫にさらされたキューブリックは自ら身の危険を感じ上映を禁止したという、問題の作品である。

エスチュアリー

エスチュアリーは、ベネディクト・カンバーバッチ演じる「シャーロック・ホームズ」に代表される。いわゆるもっともSEに近い普通のイギリス英語と言えるだろう。「007」のダニエル・クレイグやジュディー・デンチがエスチュアリーかどうかは多少の議論が必要だ。

ウェールズ語

ウェールズに行ったことのある人なら誰もが経験していることだが、ウェールズの街は全てがウェールズ語と英語の両方で表示されている。ウェールズに入るとWelcome to Wales (ウェールズにようこそ)と言う標識の下にCroeso i Gymruと書いてある。

Welcome to Wales とCroeso i Gymruの2言語で表示された標識
ウェールズでみかける英語とウェールズ語の標識
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これがウェールズ語であり、見るからにSEとかけ離れている。スコットランドと並びウェールズにはウェールズ独自の法律があり、イギリスからの独立を訴えるウェールズ人は少なくない。ここでは細かいことは省略するが、ウェールズ語はスコットランド語同様、ケルト語の影響を大きく受けており、その言葉を知らないものには土地の名前すら皆目読むことができない。
ウェールズ出身の俳優は『羊たちの沈黙』や『ハンニバル』で有名なアンソニー・ホプキンズが代表的だが、彼は優れた役者で、ウェールズ語の訛りはほぼ聞き取れない。また、クリスチャン・ベール、キャサリン・ゼータ・ジョーンズもウェールズ出身である。

イギリスの俳優で米語を流暢に話すことができるのは、オックスブリッジのヒュー・ローリー、医療ドラマ『ハウス』で米英語をまるでアメリカ人のように話す。またアメリカに長期移住しているクリスチャン・ベールもまた、『バットマン・ビギンズ』、『ダークナイト』などのアメリカ舞台の映画では米発音を見事に使う。でも俳優としてインタビューに答える際はウェールズ語訛りになるのが微笑ましい。
因みに「バットマン」で執事役のマイケル・ケインは、この役ではイギリス人という設定で、SEを喋っているという説が強いようである。

「スティフ・アッパー・リップ」の意味するところ

ブリティッシュ・アクセントが米英語に比べてツンツンしている感じを「スティフ・アッパー・リップ」と言うことがあるようだが、これは正しくない。
「スティフ・アッパー・リップ」とは、困難に遭った時口をつぐんで耐え忍ぶという意味で、その所以は、そもそもは古代ギリシャのストア派の影響で、肉体的鍛錬が優れた人格を育成するという考えの元、特にビクトリア時代のパブリックスクールで教育の場に取り入れられたことから来ているそうである。その名残で、戦後も子供達は夏とはいえ湖水地方でサマースクールに参加し、冷たい湖で水泳をさせられたり体育の授業では厳しいノルマをこなしたらしい。2005年7月7日、ロンドンで地下鉄とダブルデッカーのロンドンバスがほぼ同時にテロリストにより爆破され、乗客と運転手70名が死亡、700名が重症を負ったという事件があった。事件後、テロリストに対して国民一人一人が強く立ち向かわなければならないというスローガンとして、第二次大戦時に使われた「Keep Calm and Carry On(落ち着いて続行せよ)」が復活した。

「Keep Calm and Carry On」のポスター
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私も爆破時通勤中で爆発現場のすぐ側におり、爆発のため地下鉄が封鎖、地上に誘導され、別の方法で会社へ向かったのを覚えている。爆発のことは会社に着いてから知った。爆弾が通勤電車に持ち込まれる可能性が日常で起こりうるという恐怖が起き、なんとなくビクビクとしていた矢先のことであった。そんなころにエリザベス女王のスピーチがあり、このスローガンを掲げ、「我々はテロリストに負けてはなりません。そして負けていないことを表明するには、私たちが通常通り淡々と生活をすることが一番なのです」と、クイーンズ・イングリッシュで語った。これがいわゆる「スティフ・アッパー・リップ」である。

映画鑑賞の際、今回ご紹介した方言、訛りを聞き取って、イギリス映画をさらに深いところでお楽しみいただければ幸いである。また次回湖水地方へ赴いた際、レストランで I want some scran and peeve「アイ・ウォント・サム・スクラン・アンド・ピーヴ」(食べ物とお酒をください)を実践してみてはいかがだろう?会話が(カンブリアンで)弾み、それは分からなくても、土地の美味しい食べ物と、とっておきのお酒が出てくること間違いなしである。


ロビン雀円

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ロンドンに20数年在住。現在はベッドフォードシャーの田舎に引っ越して5年目。現役建築士。イギリスの大聖堂や教会はじめ、古い建物大好き。2年前購入したカンパ―...

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