シードケーキのお話しとレシピ
シードケーキのシード(種)は?
今日のお題は「シードケーキ」=種入りケーキ。
一体どんな種の入ったケーキでしょう。パンプキンシードにサンフラワーシード?それとも近頃よく見かけるようになったポピーシード入りのレモンケーキ?
正解は「キャラウェイシード」。
トラディッショナルなイギリスのシードケーキは、見た目よく似たフェンネルシードでも、アニシードでもなく、必ずキャラウェイシード入り。甘い香りに、スーッとするような独特の風味のこのスパイスは昔からイギリスでお菓子やパンなどの風味付けに広く使われてきました。
400年以上の昔の文献にも登場 シードケーキ
どのくらい昔かというと、OED(Oxford English Dictionary)によると、すでに1570年の文献にシードケーキが登場しており、春の麦の種まきを無事終えたことを祝って焼かれていたケーキとの事。キャラウェイシードは「種=命・豊穣」を表すシンボリックな意味を持っていたため、秋の収穫を終えたお祭りの時にも、同じくイギリス各地でシードケーキは焼かれていたようです。
そして18世紀から19世紀にかけて最も流行したシードケーキは、当時の料理本にも多く登場します。当初はキャラウェイシードを糖衣がけしたキャラウェイコンフィを入れることも多かったようですが、1800年代にはそのままのシードをケーキに入れるようになります。
19世紀で人気 2つのシードケーキ
ビートン婦人の「Household Management(1861)」の中には二つのシードケーキのレシピが載っています。
エコノミカルな「Common seed-cake」とリッチな配合の「A very good seed-cake」。
ベリーグッドシードケーキと名付けられたリッチなタイプは、1パウンドのバターに1パウンドの小麦粉、そして3/4パウンドのお砂糖に6個の卵、メースとナツメグ少々、3/4オンスのキャラウェイシード、そしてブランデーを1ワイングラス分、これらを混ぜ合わせてオーブンで焼くというもの。ブランデーとナツメグを除けば今のものとそう変わらないものができそうです。
一方、コモンシードケーキと名付けられたお安いバージョンのほうは、かなり様相が異なります。パン生地にドリッピング(お肉をローストする際に滴る脂を集めたもの)と、砂糖とキャラウェイシードと卵一個を混ぜ合わせ、それをバターを塗った型に入れて2時間焼成。
これはケーキというより、ラーディーケーキ(ラードを折り込んだ甘みの付いたパン)のよう、前者とは全くの別物です。
この時代の他のレシピを見てみても、やはりイーストで膨らませるものから、卵とバターたっぷりのリッチなケーキタイプ、ローズウォーターが入るものなど作り方は様々。それほど裕福ではない庶民から、お抱え料理人がいるような中流階級以上の層まで、それだけ幅広く人気があったことがうかがい知れます。
小説や物語で名前が知られた、シードケーキ
そんな一世を風靡したシードケーキですが、20世紀に入ると、他にも魅力的なお菓子が多数現われたこと、キャラウェイシードの風味が時代の味覚と合わなくなってきたこと、などもありいつの間にか忘れられた存在に。。。
ただし、他のすっかり忘れ去られてしまったお菓子と違い、食べたことはなくとも、その名前だけは知っているというイギリス人が少なくないのは、イギリスの小説や物語によくシードケーキが登場するからかもしれません。
ディケンズの「デイビッド・コッパーフィールド」に、トールキンの「ホビット」、ブロンテの「ジェイン・エア」など、どれも印象的なシーンで登場するので、食べたことがなければ、一体それはどんなケーキなのだろうと興味をそそられます。ホビットの中でビルボが自分のデザート用にと焼いてとっておいた「Beautiful round seed-cake(見事なまあるい二つのシードケーキ)」は絶対に美味しそうだし、テンプル先生がジェインとヘレンにと出してくれた、大事に紙に包んでしまわれていた 「a good-sized seed-cake(かなり大きなシードケーキ)」はふたりにとって、間違いなくこの世で一番美味しいケーキだったはず。
出会いはアガサ・クリスティーの小説の中で
そしてわたしが初めてシードケーキの名を知ったのはアガサ・クリスティーの「At Bertram’s hotel(バートラムホテルにて)」。
それはロンドンのとある古き良き面影を残すホテルのロビーで交わされる会話なのですが、
‘Anything further I can get you, my lady? Cake of any kind? ‘Cake?’ Lady Selina thought about it, was doubtful. ‘We are serving very good seed cake, my lady. I can recommend it.’ ‘Seed cake? I haven’t eaten seed cake for years. It is real seed cake?’
「何かもっとお持ちしましょうか、奥様? 何かケーキでも」「ケーキ?」セリナ婦人がどうしようかしらと悩んでいると~「とってもよいシードケーキがございますよ、奥様。おすすめです」「シードケーキ?もう長いこと食べてないわ。 それは本物のシードケーキなの?」
エドワーディアン風にしつらえられたホテルの応接セットの中でサーブされるトラディッショナルな午後のお茶。そこで出されるのにふさわしい、古典的なケーキとして作者によって選ばれた「シードケーキ」。この「very good seed cake」ほど午後の紅茶に合うお菓子はないのではなかろうかと思わせるなにかがあります。
おうちで作るのが一番 シンプルなシードケーキ
さて、クリスティーが思い描いていたであろう、20世紀に入ってからのシードケーキのお味は他のトラディショナルなケーキと言われているもの同様、いたってシンプル。いわゆるイギリス風のどっしりしっかりした食感のスポンジケーキにキャラウェイシードがたっぷり。時にはミックスピール(オレンジやレモンの砂糖漬け)やほんの少しのアーモンドパウダーなどが入ることもありますが、基本的には実にプレーンな、そしてキャラウェイシードを噛む度にあのす~っとする風味がお口に広がるケーキです。慣れない味に一口目は首を傾げてしまいますが、二口三口、そして紅茶をひと口と味わううちに、なぜか懐かしいような、ゆったりとした気持ちになれる不思議なお菓子です。
今の時代、イギリスに行っても、セリナ夫人も疑ったようにreal seed cake(本物のシードケーキ)に出会うのはなかなか難しいもの。おうちで作るのが一番の近道です。
驚くほど簡単に作ることができますので、是非物語に登場するシードケーキの味を体感してみて下さい。
シードケーキ<レシピ>
<シードケーキ> 直径18㎝丸形1台分
A ┏薄力粉 _____________225g
┃ベーキングパウダー ___小さじ2
┃無塩バター※1 _______150g
┃グラニュー糖※2 _____150g
┃卵 2個
┗牛乳 大さじ2
B ┏シトラスピール※3 ____50g(みじん切り)
┗キャラウェイシード ____小さじ2
*下準備*
*バター・卵・牛乳は室温に戻しておきます
*型の底と側面に紙を敷いておきます
*オーブン予熱170℃
- 薄力粉とベーキングパウダーを合わせてボールにふるい入れ、Aの残りの材料を全て加えます。ハンドミキサーで全体が滑らかになるまで混ぜたらすぐにストップ。
Bを加えて、ゴムベラで軽く混ぜ合わせます。 - 型に流し入れ、170℃のオーブンで50分程、竹串を中央に刺してみて、生地がついてこなくなるまで焼いたら出来上がり。
※1 バターは必ず室温で柔らかくなったものを使いましょう
※2 できれば微細グラニュー糖
※3 オレンジピールとレモンピールの砂糖漬けのミックス。なければ片方だけでもかまいません。
キャラウェイ シード 原形 100g
(アメ横 大津屋 業務用)
100g ¥530