建築の実験開発の村、ウェールズ北部の『ポートメイリオン』

イギリスのテレビドラマ・シリーズ『プリズナーNo.6』

『プリズナーNo.6』の主演俳優・企画・監督、パトリック・マクグーハン
衣装は当時最先端のモッズ・ファッション
©Portmeirion Ltd 2021

イギリスのテレビドラマ・シリーズ『プリズナーNo.6』の舞台となったウェールズ北部の村、ポートメイリオン。17エピソードが、イギリスで1966から1968年にかけて放送された。日本では1969年NHK総合で放送された後に人気を呼び、70年代から80年代にかけて様々な放送局で再放送を繰り返した。

『プリズナーNo.6』
『プリズナーNo.6』
© Portmeirion Ltd 2021

あらすじを簡単にまとめると、英国の諜報部員である主人公No.6(ナンバー・シックス)はある日、上司に辞表を叩きつけ辞職する。
そのまま自宅に帰り、旅立とうと荷造りを始めるが、何者かによって催眠ガスで眠らされる。主人公が眼を覚ますと自分が「村 (The Village)」と呼ばれる国籍不明の場所にいることを知る。「村」には彼の他にも多くの者が「プリズナー(囚人)」として拉致されてきており、それぞれ自分の正体を隠したまま、番号で呼ばれている。「村人」たちは自由な生活をし、主人公は「村人」聞き取りをしながら、何の目的で誰が仕組んだことなのか調査を進める。また「村」から脱獄を試みるが、それは何故か叶わない。(ウィキペディアより一部抜粋)
このSF的カルト・ドラマは、斬新な設定と演出をもって人気を生み、現在に至ってもファンが活動を続けている。2009年には6エピソードからなる『新プリズナーNo. 6』が制作された。

村の開発経緯

北ウェールズにある小さな村、ポートメイリオンがなぜこのドラマシリーズの成功を生み出したかは、この「村」の歴史に深い関係がある。つまり、ポートメイリオンという村は、建築家クロフ・ウィリアムス=エリスによって実験的に造られたという特殊な背景があった。

建築家クロフ・ウィリアムス=エリス
© Portmeirion Ltd 2021

ウェールズの建築家、クロフ・ウィリアムス=エリスは、理想の村にふさわしい土地を探して数年もの間、イギリスの海岸沿いをくまなく訪れていたが、1925年、結局地元のペンリンドゥードラエスの近くにあるAber Iâという土地が売りに出されていることを知り、迷わずオファーを出し取得した。この土地は、広い砂の河口を見下ろす急峻な崖、森、小川、古い建物の基礎など、彼が建築の実験場として期待していたものがすべて揃っていたそうだ。この土地を使って、自然の美しさを損なわずに自然の背景を生かした開発ができることを示そうとした。

ポートメイリオン図面
© Portmeirion Ltd 2021

ウィリアムス=エリスは、この土地の名前をAber Iâ(氷河の河口)からPortmeirion(ポートメイリオン)に変更した。Portは海岸沿いにあることから、Meirionはウェールズ語でMerioneth(この地域の名)を意味する。

ポートメイリオンの建設は、2段階に分けて行われた。1925年から1939年、つまり第2次世界大戦前に主要な建物が建設され、戦後の1954年から1976年にかけて細部が施工された。
建物のいくつかは解体現場から回収され敷地に再建された。

ポートメイリオン図面
ポートメイリオン図面
© Portmeirion Ltd 2021

ポートメイリオンに関する最初の記事は、『アーキテクツ・ジャーナル』誌(1926年1月6日付)に掲載され、投資家の目を引くためのスケールモデルやデザインの写真や図面が掲載されている。

ポートメイリオンの模型
ポートメイリオン模型
© Portmeirion Ltd 2021

この記事の中で、ジョン・ローテンスタインは次のように書いている。 「北ウェールズの海沿い、ウィリアムス=エリスの古巣であるプラス・ブロンダンウのすぐ近くに、彼は理想的な土地を手に入れ、小さなタウンシップ全体を敷設するための計画と模型を作成している。
この計画の成果は大きく、『家は細心の注意を払って設計しなければならないが、町は偶然にできるものだ』という定説を大きく揺るがすものになるだろう。」

この村と周りの自然の人工的に造られた理想の景観を、元祖プリズナーNo.6の主演俳優・企画・監督を手掛けたパトリック・マクグーハン (Patrick McGoohan) は、台本にぴったりのこの村をロケ地に選び、そしてまたこの村に感化され台本を書いた。

1966年から1968年までの間、このドラマシリーズのロケ地はウィリアムス=エリスの要望により公表されず、1968年の最終回の終わりに初めて発表された。

ポートメイリオン散策

ポートメイリオン地図
ポートメイリオン地図
© Portmeirion Ltd 2021

さて、では実際にこの謎めいたポートメイリオンに入ってみようと思う。

謎めいた紋章のある入り口
ポートメイリオン入口
あちこちに謎めいた紋章がある

入り口はピンクのゾーン、1番の区域で、ここに駐車場もある。順路に沿って歩けば、色とりどりに飾られた、様々な建築様式に目を引かれるだろう。全体的にはバロック調が多い。全て20世紀に建てられたものだと、ちょっと見ただけでは分からない。それだけディテールにまで細かにデザインが施されている。

ピアッツァ
ピアッツァ

地図を見てお分かりのように、村はピアッツァ(地図4番)を中心に、また1926年にオープンしたポートメイリオン・ホテル(地図7番)は海岸沿いの豪華ホテル、また高台(地図3番)には鐘塔と小さなスクエア、その北東にドーム(地図2番)などの隣接した建物が並び、西はタウンホール(市役所、地図6番)、ピアッツァには噴水と、イタリアの街の様相を真似て構成されている。

ホテルから見上げた高台と鐘塔
ホテルから見上げた高台と鐘塔
鐘塔と松の木
鐘塔と松の木
村の木々も、ウィリアムス=エリスによって厳選され、あるべき所に植えられた

実際ウィリアムス=エリスは船で北イタリアによく出かけ、特に海辺の街並を好んでいたらしい。建物の名前も海に因んだものが多い。例えば、マーメイド、ドルフィン、ネプチューンなど。

また実際に散策して気が付くのだが、この村は、スケール感と距離感を狂わせる沢山の仕掛けが施してあり、近くの建物はなんだかごちゃごちゃ臨在し、遠くの建物はとても遠くにあるような気がする。 全てが何となく、ちょっとずつおかしい。
このことは後ほど解説したいと思う。
しかし、鐘塔のふもとなど、ところどころに突然驚くような絶景が広がり、これがウィリアムス=エリスの意図したところの、町開発が自然と共存しうると証明したかったことなのだろうと分かる。

大陸風の石畳が敷かれ、家並みもイタリアやフランスを思わせる色どり。建物ばかりではなく、ランドスケープも細かくデザインされ、彫像も複数みられる。この広場は「歪み」が施されている。

バッテリー広場
ラウンド・ハウスの裏側にあるバッテリー広場

プリズナーNo.6の住処がラウンド・ハウス、地図では赤いゾーン3番の区域にある。ここは現在プリズナーNo.6のギフトショップとなっている。

ラウンド・ハウス
ラウンド・ハウス
プリズナーNo.6の住処

ここでNo.6は一応囚人なのだが、村の中を自由に動き回れたし、特に束縛されない。ただ、この村からは出ることができない。ここにも、このカルト・ドラマの異様さがうかがえる。

プリズナーNo.6のプラーク
入り口ドアの上にはプリズナーNo.6のプラークが掲げられている

村には4つ星ホテルが2つあり、その他にコテージと呼ばれるセルフケータリングの家族用貸し切り一軒家の宿泊施設、またヴィラと呼ばれる部屋ごとに独立した宿泊施設がある。

実はこの村は、訪問者が宿泊できる宿泊施設で成り立っている。
もともとその目的で開発され、崖下のホテルを筆頭に、他の建物も全て宿泊施設とそれに必要な娯楽施設、飲食店とお土産店の目的で建てられた。市役所とは名前だけで、実は市役所が管轄する「市」はない。つまり、この村は仮の村「舞台」なのだ。

ピアッツァ西側から見たドームの風景
ピアッツァ西側から入口方向を望む
後方に見えるドームは、特殊な遠近法でとても遠くに見えるが実はすぐそこにある

歪みを計算し設計された舞台の村、ポートメイリオン

ポートメイリオンのヴィスタ(景色)群
ポートメイリオンのヴィスタ(景色)群

舞台としてのポートメイリオンの構想を、簡単に説明しようと思う。先ほどの「歪み」について、ノーサンブリア大学のフランシス・エリスとセバスチャン・メッサ―が、論文『ポートメイリオン、パースと快楽』(Portmeirion, Perspective and Pleasure, 2010)の中で、次のような分析をしている。

先ず、この村の開発は、綿密に設計されたヴィスタ(景色)群から成り立っている。この図の矢印が、設計された9のヴィスタを示している。

そして、これらのヴィスタを成功させるため、建物に各種のパースの「歪み」を取り入れている。
つまり、鐘塔はより高く見えるように、高くなればなるほど細くなっていき、屋根のカーブも工夫が施してある。また、時計台のてっぺんの窓は実際よりも小さく、やはりより高く見えるようにしている。
先の高台の写真をもう一度ご覧いただきたい。また、ヴィスタから見える背景の建物はより遠くにあるように見え、村全体が大きく見えるようにしてある。

バッテリー広場の平面図
バッテリー広場の「歪み」-平面図

バッテリー広場の例を見ると、この図から分かるように、平面図でも「歪み」を見ることができる。
この広場は左の角は62度、右の角は77度だが、人間の目はこのような広場に立つと記憶を辿って調整をし、角が90度に見えるようにしようと試みるそうだ。そこで、実際の体験は両方とも90度。そうなると、広場さえ実際より広く見えるという訳だ。
黒の点線がこの広場の体験スケールを示している。

バッテリー広場の立面図
バッテリー広場の「歪み」-立面図

この広場は平面図のみでなく、立面図の「歪み」も取り入れている。
この図を見ると、赤い線は地面に対して垂直の線を表しているが、実際の建物はこれに沿わず歪ませ、平面図に施した歪みを助長することになっている。
今一度バッテリー広場の写真をご覧いただきたい。

このような仕掛けが、村全体に施されている。
このようなことが理由で、私が実際体験した「何だか、全体のスケールと距離感がおかしい」という感覚は説明された。そして、これらのことが、ポートメイリオンが「舞台」であることに変わりないことを証明する。更には、60年代のカルト・ドラマ『プリズナーNo.6』に異様な雰囲気を演出するのに適していたと言えるのではないだろうか。
村は現在チャリタブル・トラストの所有で、観光地またホテル業として運営され、ポートメイリオン村全体が、国で指定している「グレード2」遺産として保護されている。つまり、建造物の外観を一切変えることができないのである。

ポートメイリオン入口二つ目のゲート
ポートメイリオン入口二つ目のゲート
シエナ・レッドと呼ばれるこの特殊な赤色は、ローマ始めイタリアの街の多くに見られる

『プリズナーNo.6』以外の作品

プリズナーNo.6を中心に書いてきたが、実はポートメイリオンは映画、ドラマ、ドキュメンタリーなどのロケ地として多く利用されてきた。
スティーブン・フライ、テレンス・アレキサンダー、ヒュー・ローリーのドキュメンタリー『ラフィング・プリズナー』、チャネル4の番組『ザ・チューブ』、『ドクター・フー』のエピソード『ザ・マスク・オブ・マンドラゴラ』、テレビシリーズ『コールド・フィート』の最終回などである。

またアイロン・メイデンがアルバム『ザ・ナンバー・オブ・ザ・ビースト』の中の『ザ・プリズナー』という曲を録音したのもポートメイリオンだ。ザ・ビートルズのマネージャー、ブライアン・エプスタインやポール・マッカートニーはポートメイリオンを頻繁に訪れており、ジョージ・ハリソンは50歳の誕生日のお祝パーティーをこの村で執り行った。その滞在中、ドキュメンタリー『ザ・ビートルズ・アンソロジー』のインタビュー収録が行われた。

ポートメイリオン・ポッタリー

さて、村の一角に陶器中心の販売店がある。ポートメイリオンはこの陶器でも有名だ。
ウィリアムス=エリスの長女スーザンが芸術家になり、ポートメイリオン・ポッタリーというブランドで1960年に夫と陶器製造業を始めた。コンテンポラリーなデザインが多いが、中でも1972年のボタニック・ガーデン(Botanic Garden)というデザインが長く世界中で愛され、今でも一番人気。因みに、スーザンはテキスタイルも多くデザインしており、村のホテルに使われているカーテンの生地は、スーザンのデザインだそうだ。

ポートメイリオン・ポッタリー、人気のボタニック・ガーデン
ポートメイリオン・ポッタリー、人気のボタニック・ガーデン
© Portmeirion Group UK 2012 – 2021
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ポートメイリオンへのおススメ行程

交通:ロンドン、ユーストンから車で約4時間半

電車の場合、狭軌で蒸気機関車を走らせる保存鉄道の Ffestiniog(フェスティニオグ鉄道)を使った行程はいかがだろうか。
ユーストン駅からヴァージン列車でLlandudno Junction駅で乗り換え(4時間)。 Llandudno Junction駅 からConwy Valley lineでBlaenau Ffestiniog駅へ(1時間)。また、更に Blaenau Ffestiniog駅 からFfestiniog Railway蒸気機関車に乗ること3時間半, Minffordd駅で下車した後は、タクシーに乗り約4分でポートメイリオンに到着する。

Ffestiniog Railway(フェスティニオグ鉄道)の蒸気機関車
Ffestiniog Railway(フェスティニオグ鉄道)の蒸気機関車
©Festiniog Railway Company

Ffestiniog Railway(フェスティニオグ鉄道)は、現在週に3日、1日1本と時間に限定されている。出発駅 Porthmadog Harbourを午前11:40に出発して目的地Blaenau Ffestiniogで1時間半自由時間観光・昼食の後、午後14:45復路についてPorthmadog Harbourに戻るという観光プランがある(2021年8月の時点の情報)。
よって、ポートメイリオンに行くときは復路だけに乗り、帰りは逆に往路に乗ることになる。また料金は大人2人からで、スタンダード、ファーストクラス・プルマン、ファーストクラス・エクスクルーシブという3つの選択肢がある。
イギリスでは蒸気機関車の旅というのが数か所で楽しめるが、このコースはウェールズの山と谷を抜け、大自然の絶景が見れそうである。ただし、時間がたっぷりある人のみにお勧め。事前に予約が必要。

ポートメイリオン情報

Portmeirion Village
https://portmeirion.wales/
Minffordd, Penrhyndeudraeth, Gwynedd, LL48 6ER

  • 定休日:年中無休
  • 入場時間:午前9:30から午後6:30(最終入場時間5時)
  • 入場料:1年間使えるパスは大人30ポンド、小人15ポンド
    1日券は大人15ポンド、学生・シニア(60歳以上)12ポンド、小人(5-15歳)9ポンド、4歳以下無料
    他各種団体割引、家族割引券あり
  • 宿泊:ポートメイリオンで宿泊施設の他に、前述の2つの4つ星ホテル『ポートメイリオン・ホテル』(地図7番)と、『カステル・ドゥードラース』(地図9番)のほか、コテージ(セルフケータリング)、ヴィラがある。
  • その他の施設:ホテル内でアフタヌーンティー、会議室、スパなどが利用できる。また、ホテルでは結婚式を執り行うサービスも。市役所の施設ではファンクションルームも提供して色々な行事・イベントに対応している。またレストランやカフェも充実していて、レストランはホテルと市役所の3か所、そのほかにカフェが4つある。
ポートメイリオン、ブリストル・コロネード
ポートメイリオン、ブリストル・コロネードでの典型的な結婚式の写真撮影
背景のコロネードも、高台から見下ろすととても大きな建造物に見えるが、
実際近づくとこのように小さい
©Goulding Photography

ロビン雀円

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ロンドンに20数年在住。現在はベッドフォードシャーの田舎に引っ越して5年目。現役建築士。イギリスの大聖堂や教会はじめ、古い建物大好き。2年前購入したカンパ―...

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