英王室では魚用ナイフを使わない ~ 上流とその他を分けるもの
英王室では魚用ナイフは使わない
先日ネットで英王室関連の記事を読んでいたら、こんな話に出会いました。
「バッキンガム宮殿では魚用ナイフはご法度!衝撃の秘密」
なかなかキャッチーなタイトルですね。
魚用ナイフとは、フランス料理などでよく見るカトラリーのひとつで、通常のナイフに比べて幅が広く、ブレードにしばしば彫りの装飾が付いている、魚料理のためだけのナイフです。長いコース料理など、ある程度格の高いディナーのテーブルでしか見ないものなので高級アイテムだと思っていましたが、どうやらイギリスに関してはそうではないようです。
前述のタイトルに惹かれてどれどれと読み進めてみたら、バッキンガム宮殿の正式な食事の場はもちろんのこと、英王室の方々は魚用ナイフは絶対に使わないのだそう。
魚用ナイフは中産階級の象徴
その理由のひとつは、「魚用ナイフは中産階級の象徴だから」。
魚用ナイフの登場は19世紀前半。それまではフォークを2つ使い、ひとつは魚を押さえ、もうひとつで身を取って食べていました。
産業革命(1760年代~1830年代)が進むにつれ、ビジネスに成功して財を成した人たち、いわゆる中産階級が増えていきます。この「お金がある一般庶民」は貴族に憧れているので、なんでも貴族のようにしたがります。もったいをつけた結果の一つが、中産階級が使い始めた魚用ナイフです。上流から下々へ、という流れではなかったのですね。なので貴族は「そんな庶民のもの」、と思っていたと言われており、現在でもカミラ王妃が「魚用ナイフなんて絶対に使わない」とおっしゃった、との記述がThe Timesで記事にもなっているくらいです。
英王室の習慣の基盤はジョージ王朝から
もうひとつの理由は、「英王室の習慣の基盤とするジョージ王朝にはなかったから」です。
ジョージ王朝は1714年から1837年(ジョージ1, 2, 3, 4世とウィリアム4世まで。ウィリアム4世の治世は入れない数え方もあります)。魚用ナイフが厳密にいつ登場したかは諸説あってわからないのですが、19世紀前半だとすると、ジョージ王朝の終わりが少しかかっているくらい。
イギリスの歴史に詳しい方は、英王室の習慣の基盤がジョージ王朝、と聞いても特に何も思われないかと思いますが、なんでジョージ王朝なの?その前は?と思ってしまった私のような方々のために書いておきますと、それまで複数の王国に分かれていたのが統一されてグレートブリテンとなったのが1701年。君主はアン王女、治世は1714年までで、その次がジョージ1世。ここからのジョージ王朝が、社会も政治も文化も花開いていく時代となったのです。
英国で階級を見分けるための鍵
歴史はさておき、魚用ナイフというアイテムひとつが階級を見分ける鍵になる、って面白いですよね。英語ではソーシャルマーカー social markerと言って、階級を見分けるものが実はあちこちにあります。最もわかりやすいのが以前UK Walkerでも書きました、発音と言葉です。
「イギリス英語の発音 ひとことしゃべればお里が知れる」
この記事では発音についてしか言及していませんが、使う単語にも階級が現れます。「U and Non-U」、お聞きになったことありますでしょうか。U = upper class、つまり上流が使う言葉とそれ以外、という意味ですが、このnon-Uリストはかつて中産階級が好んで使っていた単語です。
例えば、
U | Non-U |
---|---|
Jam | Preserve |
Napkin | Serviette |
Sofa | Couch |
What? | Pardon? |
この例に見られるように、Uのほうが簡潔でダイレクトな表現、Non-Uのほうが気取った表現を使っています。
(最後のwhat? とpardon? については前回の記事 「エリザベス女王最後の乗馬と上流英語」 をどうぞ。)
前述の、カミラ王妃が魚用ナイフは絶対に使わないとおっしゃったエピソードは、妹さんとランチに出かけたときのことです。ウェイトレスが「普通のフォークと魚用フォーク、どちらになさいますか?」と尋ねたら、その場にいた全員が ‘Phone for the fish knives, Norman!’ と言って笑ったとあり、私はこのフレーズを知らなかったので調べましたら、ある詩の冒頭でした。そしてその詩は「上流とその他を分けるもの」、Non-U言葉のオンパレードだったのです。
ジョン・ベッチュマンのポエム”リッチな人々と上手に付き合う方法”
How To Get On In Society by John Betjeman
「リッチな人々と上手に付き合う方法」 ジョン・ベッチュマン
Phone for the fish knives, Norman
As cook is a little unnerved;
You kiddies have crumpled the serviettes
And I must have things daintily served.
Are the requisites all in the toilet?
The frills round the cutlets can wait
Till the girl has replenished the cruets
And switched on the logs in the grate.
It’s ever so close in the lounge dear,
But the vestibule’s comfy for tea
And Howard is riding on horseback
So do come and take some with me.
(後略)
まず1行目、Phone for the fish knives, Norman 「ノーマン、魚用ナイフを持ってくるよう電話して」ですが、「電話をかけなさい」はPhoneではなく、上流なら Telephoneです。そしてNorman も上流に多い名前なので、ここですでに「上流に憧れる必死さ」が表現されています。
2行目、家に料理人がいる人たちは彼らのことを cookとは言わず、必ず名前で呼びます。リアルじゃないのがバレましたね。
3行目、You kiddies have crumpled the serviettes 「あなたたち=子供たちがナプキンをくしゃくしゃにしてしまった」。上流は子供のことをkiddiesではなくchildrenと、ナプキンはフランス語っぽく気取ったservietteではなく napkinを使います。
この調子で延々と続くのですが、お手洗いのことをtoiletteと書いているがそれはnon-Uの言葉で、Uはlavatoryやlooだとか、Howard is riding on horseback という行では、ハワードという名前が上流ぶっている、rideと言えば乗馬に決まっているから on horseback はいらない、などなどツッコミどころ満載の詩です。
全文とその解説が面白いので、ぜひこちら
https://classsystem.blogspot.com/2010/12/phone-for-fish-knives-norman.html からどうぞ。
バッキンガム宮殿では魚用ナイフを使わない、からいろいろと広がりました。上流には憧れませんが、魚用ナイフが話題に上がったときに ‘Phone for the fish knives, Norman!’ とすぐ言える、またはそれを聞いて笑える教養に憧れます(笑)。
《ライター高島まきのホームページ情報》
「イギリス英語発音コーチ」、高島まきのホームページはこちら【British English House 高島まきのサイト】からどうぞ。