イギリス映画談 ~子供は一人では生きていけない『SCRAPPER スクラッパー』

2024年7月5日公開

7/5公開の映画「SCRAPPER/スクラッパー」ポスター
©Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022

母を亡くしロンドン郊外のアパートに一人で住む12歳のジョージー。そんなことは可能だろうか?

ジョージーの一人生活

ロンドン郊外のアパートと言うより、二階建カラフル長屋と言った方が似合いそうな家に一人で暮らす彼女は、母からもらったユニフォームを着続けている。生まれて以来、母と二人で生活してきた彼女は、母との思い出をそのユニフォームに託しているようだ。

一人で生きるジョージー
©Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022

父親はいない。イギリスでも子供が一人で暮らしていると、ソーシャルワーカーがやってきて施設に入れられてしまう。近所の人たちも親切心からそれを勧めに来る。だから、おじと一緒に住んでいるふりをしながらそうした親切をはねのけている。ひとえに母との思い出を大事にしたいからだ。
母子家庭で決して裕福とは言えない家庭だったから、遺産などあるはずもない。12歳の子供が一人で生活していくにしても、お金がなければ生きていけない。どうしてお金を得ているのか?1948年のイタリア映画「自転車泥棒」は父親の自転車が盗まれてしまうお話だったが、この映画のジョージーは盗む側、それを転売していたのだ。近所の男の子アリを相棒に盗みを続けていたのだ。

相棒アリと自転車の衣装直しをするジョージー
©Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022

ジョージーになった女の子

悲惨な状況下一人で暮らす女の子ジョージーは、子供ゆえの弱さと苦境を乗り越えていく強さが共に感じられる女の子に演じてもらいたいと、映画の製作チームは考えたのではないだろうか?しかも、すぐそこの横町に普通に見られる女の子が欲しかったはず。プロの俳優ではない新鮮な顔を探していた。
製作チームがジョージー役を選ぼうとしたころ、コロナ感染が拡がっていた。そのため、直接のオーディションはできず、セルフテープ(動画)での選考することになった。2021年3月、10歳のローラ・キャンベルのテープが届く。監督のシャーロット・リーガンはローラには特別な何かがあるとすぐわかったという。

仲の良い友達アリとジョージー
©Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022

呼ばれてロンドンに来たローラは、まだ決心できずにいたという。諦められなかった監督のリーガンと、プロデューサーのテオ・バロウクラフは、それから3ヶ月間毎週水曜日の午後、ハートフォード州にあるローラの実家に出かけ信頼関係を築いたという。こうしてローラが出演してくれるようになったのだ。撮影が始まる前には11歳になっていたローラは、こうしてジョージーを演じることになった。

塀を乗り越えてやって来た男

ある日突然、塀を乗り越えて入ってきた男は父親のジェイソンだと名乗った。母を捨てて出ていった父親、簡単に許せるはずはない。しかも、いかにも軽そうな、能天気男のようなジェイソンを受け入れられるはずもない。

草むらで金属探知機を操作するジェイソン
©Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022

二人で住むことになったとはいえ、対立状態が続いた。口げんかも絶えない。なぜ、いま父親はやって来たんだろう?その謎を探ろうとスマホを盗み見したりして油に火を注いでしまう。そんななか、ジョージーがいつも着ているユニフォームは俺のだったし、俺があげたんだよとジェイソンが言うのを聞く。

日向でくつろぐジェイソンとジョージー
©Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022

相棒のアリが家族と旅行に出かけたため、相棒としてジェイソンが同行してジョージーの日課に出かけることに。実際の盗み作業をしてみると、結構道具の使い方に慣れているジェイソンだった。しかし、その時警官に見とがめられ追われることに。一緒に逃げる二人は今までになく打ち解けることになった。

こども大人とおとな子供

父親ジェイソンは若い。娘ジョージーが12歳ということを考えると、20歳前後で授かった子供ではないか?現在の彼は30歳前後だろう。彼自身も”自分たちは若かった。若すぎた。”と語っている。ジョージーと一緒にいると少し年の離れた兄妹と言われても違和感がないくらいだ。実際の行動を見ていてもまるでこども大人のような感じである。
反対にジョージーはかなり冷静に物事を見られる、大人のような感性を持った子供だ。だから父親といても対等に喧嘩してしまう。母親が亡くなったからと言うより、元々彼女の性格がそうだったのだろう。
こうしてみると二人の関係は同年代の友達と言えるのかもしれない。

ダンスの好きなジョージーに合わせてジェイソンも踊る
©Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022

色鮮やかな映画を作った人

ブレイディみかこさんがこの映画に寄せて以下のように書いている。
《わたしが英国で保育士の資格を取ったときに、何度となくコースの講師に叩き込まれた言葉からこの映画は始まる。

It takes a village to raise a child. (子供は地域で育てるもの)

だが、その有名な言葉にはいきなり打ち消し戦が引かれ、真っ向からそれを否定するような言葉が現れる。
I CAN RAISE MYSELF THANKS. (私は自立しているから大丈夫)
観る者がここで予感するのは、この映画は何かに中指を立てている、いやもっと上品な言葉で言えば、定説に意義を唱えた作品ではないかということだ。
その予感通り、「キッチンシンク」と呼ばれるタイプの英国の映画やドラマを見ている人々なら、『SCRAPPER/スクラッパー』はそのジャンルのイメージをひっくり返すものであることがわかる。》

父ジェイソンと娘ジョージー
©Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022

哀しい灰色めいたお話のイメージをひっくり返し、カラフルな映画が造られたと記している。この色彩豊かな映画を作ったのは現在30歳になったばかりのシャーロット・リーガン。200本以上のミュージックビデオ作ってきた彼女の長編映画デビュー作である。

公式サイト: https://scrapper.jp/

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