フランシス・リー監督が映画で描く 繊細なLGBTの世界
LGBTという言葉が日本で使われるようになって普通に目にするようになったのはいつ頃だったか?感覚的に言えば、15年前くらいか?それが、毎日のようになんらかのメディアで目にするようになったのはこの5年くらいだろうか?
そうした流れに乗って、映画でも関連した作品が多く公開されるようになった。勿論多くの作品が作られるようになったためである。テーマはLGBT関連ではない作品で、主人公はストレートながら、登場人物の中にLGBTの人が混じっている映画も多くなっている。特定の国というのではなく世界的な潮流といえ、イギリス映画にもそうした傾向が見られる。最近日本で公開された作品に「アンモナイトの目覚め」がある。
この映画はフランシス・リー監督の長編2作目、女性間の愛を描いている。彼のデビュー作は「ゴッズ・オウン・カントリー」で2年半ほど前に日本でも公開されているが、こちらは男性間の愛についてだった。この2作品は似ているところもあり、2作品を紹介したい。
アンモナイトの目覚め
時代は1840年代、イギリス南西部の海辺の町ライム・レジス(バースから南西に約100㎞、英仏海峡に面している)で母親と暮らす40代のメアリー・アニングが主人公だ。
彼女は実在の女性(1799~1847)で父親に教えられて発掘をはじめ、10歳の頃に父が亡くなった後、貧しさのため学校にも行けなくなり独学で地質学、解剖学等を学び、13歳で世界的な発掘をして大英博物館に収納されたという。女性で労働者階級でもあった彼女は、地質学会への入会を認められなかった。学者として生活できるわけでもなく、観光客や収集家のためにアンモナイトの化石を発掘して売ることで、細々と生活をしている。
化石発掘者としての名前は残っているものの、彼女について同時代の人が語っているものは皆無であったため、フランシス・リー監督は独自の解釈でメアリー・アニング像を作り上げ、脚本を書き、監督をしたという。つまり物語は総てリー監督のオリジナルといえる。
発掘のために汚れてもよく、動きやすい服装で、化石を見つけるために下を向いていることが多い彼女は、人と交わることもなく、海岸で黙々と作業をしている。傾斜の急な斜面を滑り落ちることもあったりする。激しい波の打ち寄せるライム・レジスの海岸線は、人も見当たらず寂寥感を感じさせる。
彼女の店に化石収集家が新妻シャーロットを連れてやってくる。体力・気力が落ちている妻を元気にしようと、彼女を発掘に連れて行ってほしいとメアリーに依頼して夫は去ってしまう。黙々と仕事をしたいメアリーにとって、化石に興味のないシャーロットの存在は邪魔でしかなかった。ある時シャーロットが疲れのために倒れてしまい、メアリーが世話をせざるを得なくなる。こうして二人の敵対的だった関係が変わり始める。
40代のメアリーをケイト・ウィンスレット、20代のシャーロットをシアーシャ・ローナンが演じている。
『アンモナイトの目覚め』
上映情報
4月9日(金)から全国で順次上映中です。
詳細は、『アンモナイトの目覚め』公式サイトでご確認ください。
ゴッズ・オウン・カントリー
フランシス・リー監督はウエスト・ヨークシャーの農場一家に生まれ、幼少期を過ごしました。“神の恵みの地”と呼ばれるこの地域を舞台に、リー監督がもし自分があの地にとどまり、家業を継ぎ、好きな人ができたらとの思いからオリジナルの脚本を書き、監督としてデビューしたのがこの作品です。
現代のヨークシャーを舞台に、病気の父に代わり農場を一人で作業する若者ジョニーのところに、父が雇ったルーマニアからの季節労働者ゲオルゲがやってくる。祖国で親が農場を失った後、色々な農場を渡り歩いてきた彼は羊の扱い方を心得ていて、ヨークシャーの農場でもその知識を生かして働くことになる。羊の出産場面では、ゲオルゲが子羊を取り出す場面などもあり、俳優はこうした農場での作業を数週間かけて練習してきたという。仕事の丁寧な描写がゲオルゲの人となりをもあらわすようだ。
ジョニーは初めルーマニアからやってきたゲオルゲをジプシー野郎などと呼び、自分の優位性を示そうとするのだが、そういう呼び方をするなと組み伏せられてしまう。しかし、その後、生まれたばかりの羊の子が息をしていなかった時、ゲオルゲが体全体を優しくさすって蘇生させたり、作業中に怪我したジョニーの手のひらを心配そうに見るゲオルゲに接し、ジョニーの気持ちは徐々に変わっていく。そんな二人が働くヨークシャーの低い山並みのうねる風景は、人の影を見ることもなく“美しいが、寂しい”ものだった。
ゴッズ・オウン・カントリー [DVD]
ファインフィルムズ
¥3,415
ゴッズ・オウン・カントリー 豪華版 [Blu-ray]
ファインフィルムズ
¥5,566
フランシス・リー監督
1969年生まれのフランシス・リーは、監督・脚本家志望だったが暫くは舞台や映画の俳優として活躍していたという。40歳の時に一念発起、自身で資金を集め短編作品で監督業に進出、2017年「ゴッズ・オウン・カントリー」で長編デビューを果たした。
今回の2作品には共通する特徴がいくつかある。
- 主人公たちの生活・仕事が細かく・丁寧に描かれている。実際の作業の様子を通して、仕事に対する彼らの真摯さが伝わってくる。
- 周りの風景の変化を細かく、繊細に描写していて、主人公たちの心の変化を伝えてくれる。太陽が昇り、陽が沈む。波がうねるように打ち寄せる。足元の草には小さな花が咲き、虫が動くなど命の営みが見える。羊の出産も含め、命の循環を感じさせる。
- どちらの作品でも始め敵対していた二人の関係が、弱者を見守る優しさを契機に徐々に変化し、やがて心を開き、愛するようになる。二人の感情を細かい表情や目線の描写を積み重ねて的確に描写している。
リー監督はゲイであることを公表している。2作品が共にLGBT作品になったことは偶然ではない。彼にとっての通常は同性間の愛であり、2作品を通してみればその自然さは男女間の愛と変わるところはない。今後、異性間の愛を描いたとしても、その描写力は見るものを感動させるだろう。
自らオリジナルの脚本を書き、監督をして作品を作っている。出演した俳優たちの発言を読むと、監督の指示がはっきりして、的確だったというものが多い。脚本の時点で明確なイメージを作り撮影に臨んでいることが分かる。
これからも人物の感情を繊細に描く作品を見せてくれることだろう。