イギリス映画談 ~鳥は自由に飛んで人を導く?『バード ここから羽ばたく』~

2025年9月5日公開

映画で描かれる鳥は、いつも空を自由に飛んでいるが、なぜかちょっと悲しげでもある。
12歳の少女のもとにやってきたバードもまた寂しげだった。

イギリスのケント州に住む少女の物語

父親のバグとバイクに乗るベイリー

主人公は12歳の少女ベイリーだ。ショートヘアーで活動的な女の子だ。母親は家を出てしまい、父親と腹違いの兄と暮らしている。まるで友達かと思えるほど対等に話している父親だったが、最近好きな女性ができ再婚しようとしている。それがベイリーには受け入れられない。

水に浮かぶベイリー
ベイリーの兄ハンターと恋人のムーン

12歳は日本でいえば中学生になったばかりの、思春期の手前、これから徐々に思春期を迎えるという年頃だが、ベイリーは随分年上に見える。それでも楽しかった父との生活が、新しい形になり、自分の居場所がなくなるのではと不安になる。結婚式なんか出てやるものかと家を飛び出してしまう。
12歳という年齢に驚く。そこまで自覚的に行動できるのは思春期以降かと思うからだ。今までにも子供主演の映画はいろいろあったが、言ってみればこんなにませた12歳の子供はいなかったのでは?

12歳の少女ベイリー

ベイリーを演じるのは、この映画のアンドレア・アーノルド監督が、映画の舞台となったイギリス・ケント州の撮影地域の学校を手当たり次第に訪れた時、出会ったニキヤ・アダムズという少女。彼女はあまりおしゃべりなタイプではなく慎重なところがあり、彼女に合わせて役柄をアレンジしたところがあると監督は発言している。

彼女を見守る二人の男

ベイリーをめぐる二人の男性が大きな役割を果たしている。
一人は父親バグだ。まるでそこらにいる不良といった感じの父親バグ。とても責任ある大人とは思えない。

ポップな部屋にいる父親バグ

だから、ベイリーの心を慮って接するなんてことはしない。これがベイリーにとってみれば対等な関係と勘違いされたのだろう。演じているのは、バリー・コーガン。1992年10月17日生まれ、アイルランドのダブリン出身。狂気を感じさせるほど目力が強い。弱さと強さの入り混じった、その中間の平和などは存在しないといった風情の独特な存在感だ。

父親バグのタトゥー

クリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」やヨルゴス・ランティモス監督の「聖なる鹿殺しキリング・オブ・ア・セイクレッド・ディア」等に出演してきた。

もう一人は題名ともなったバードだ。ベイリーが父親の結婚に反対し家を出てしまった時に出会う不思議な男バード。昔この町に住んでいて、両親を探していると彼は言う。

草原から現れたバード

弱々しく、控えめで表舞台には出てこないが、まるで天使のようにベイリーを守ろうとする不思議な男。演じているのはフランツ・ロゴフスキ。1986年2月2日生まれ。ドイツのフライブルク出身。元々ダンサーで振付師としても活躍したらしい。彼もまた目が独特だ。時に心ここにあらずといった雰囲気を見せる寂しい目だ。ミヒャエル・ハネケ監督の「ハッピーエンド」、セバスティアン・マイゼ監督の「大いなる自由」等に出演している。
個性の強い男優二人を起用したところにこの映画の特徴がある。

草原を歩くバード

映画の監督は女性だ

アンドレア・アーノルドという女性監督がこの映画を作った。日本では作品が殆ど上映されていないので知っている人は少ないだろう。1961年生まれのイギリス人。この映画の舞台ともなったイギリス・ケント州の出身だ。脚本も彼女自身が書いていて、自伝的要素があるのかもしれないが、はっきりは分からない。
テレビの音楽番組にダンサーとして出演した後、渡米してアメリカン・フィルム・インスティチュートで映画を学び、1998年には短編映画で監督としてデビューしている。その後、2006年から2016年の10年間にカンヌ国際映画祭でいずれも審査員賞を3度受賞しているが、受賞した3本の長編映画も日本では公開されていない。その間、2011年には映画界での功績を認められて大英帝国勲章を受賞している。
いずれにしても主人公が12歳という、まだ大人として認められない少女の心の内を描けたのは、女性監督だったからだろう。

父親バグの恋人ケイリー

この映画のチラシに驚く

荒い筆のタッチで「BIRD」と大きく書かれたチラシが随分前から目についていた。しかも3種類あり、棚に横並びされるとかなり目立った。3種類がすべて違うタッチの写真が全面に使われ、その上にBIRDという文字が大きく置かれていた。よく見れば、「バード ここから羽ばたく」という日本題名が隅に小さく書かれている。かなりアーティスティックなチラシだった。
海外のメディアが評価したチラシごとに違う言葉が、これまた小さく5つ星と共に書かれている。

  きらめき、いとおしく、感動的 ☆☆☆☆☆
  美しく、ユニークで、驚嘆する ☆☆☆☆☆
  驚きと歓喜に満ち溢れている ☆☆☆☆☆

この3種類のチラシとは別に、随分経ってからもう1種類、言ってみれば普通っぽい別のチラシも見つけた。4種類のチラシがある映画なんて他に見たことはない。

12歳の少女ベイリーと不思議なバードの存在を詩的に描く「BIRD」を楽しんでください。

『バード ここから羽ばたく』公式サイトhttps://bird-film.jp/

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©2024 House Bird Limited, Ad Vitam Production, Arte France Cinema, British
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海外パッケージツアーの企画・操配に携わった後、早めに退職。映画美学校で学び直してから15年、働いていた頃の年間100本から最近は年間500本を映画館で楽しむ...

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