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イギリス映画談 ~海辺の映画館にて『エンパイア・オブ・ライト』

2023年2月23日公開

© 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

80年代のイギリス

80年代のロンドン、仕事や遊びで出かけると街の様子に何となく暗い感じがしたものだ。道路脇に若い人が座り込んでいたりしたのである。仕事がなく、住むところもないという感じだったのだ。
80年代のイギリスは「鉄の女」と呼ばれたサッチャーが保守党党首として首相に就任していた時代といえる。首相としての在任期間は1979年5月4日~1990年11月27日と11年以上に渡る。この間、イギリスの社会は大きく変化することになった。それまでのイギリスといえば、”ゆりかごから墓場まで”のスローガンのもとに高福祉の社会保障政策により、無料の医療サービスなどが実施される国として福祉のお手本とされていた。戦後労働党が政権にあった頃に推進したこの政策は、鉄鋼や運輸の国有化も含み、その裏で膨大な財政支出が必要となり、また国民の勤労意欲低下も見られ、いわゆるイギリス病といわれる状況になったのである。
79年に首相に就任したサッチャーはこうした状況を変えようと矢継ぎ早に改革を実行する。多くの国有企業の民営化、規制緩和、所得税・法人税の引き下げ、反対に付加価値税(消費税)は引き上げられた。こうした急激な変化は失業者数の増大となり、1930年代の世界恐慌以降最悪の数字となった。
映画は1980年から始まる。サッチャーが首相になり、失業者が特に若い人で多くなり、無気力になりつつあった若者たちが、当時増えつつあった黒人に対する差別行動・暴力を振るうようになっていった時代。

映画『エンパイア・オブ・ライト』を作ったサム・メンディス

ヒラリーとスティーヴン
© 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

サム・メンディスは1999年の「アメリカン・ビューティー」で映画監督デビューながら、米アカデミー賞の監督賞を受賞している。その前にはロンドンやニューヨークの舞台で「オリヴァー!」「櫻の園」「キャバレー」等の演出で名を馳せていた。受賞後は世界の映画ファンから新作が待たれる監督にもなり、「ロード・トゥ・パディション」「1917命をかけた伝令」等を送り出した。更に驚いたことに「007 スカイフォール」「007 スペクター」の2作を監督したのだ。新しい007像を見せてくれた。

1965年生まれのメンディス監督は、この映画の時代、1980年代前半には15~6才だった。感受性が豊かな年頃の彼の眼に映ったイギリス社会は彼に強い印象を残したようだ。”一般的に人格の形成期は10代と言われているが、わたしの場合は1970年代の終わりから80年代の初めにあたる。”と発言している。今回は完全に一人で脚本を書き上げ、監督・製作(製作はピッパ・ハリスと共同)にあたっている。社会が大きく変化していく時、その場に立ち会い大きな影響を受けた者の責任として、この映画を作ったのだろう。

海辺の町の映画館

チケット売り場のヒラリー
© 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

映画はイギリスの海辺の町を舞台にしている。
都市名の特定はされていないが、映画の撮影はマーゲイトという町で行われた。ロンドンからほぼ東に122㎞にある海辺の町は、有名なターナーの絵の題材にもなっている。その海の前にある映画館エンパイア劇場でのドラマをメンディス監督は作り上げた。映画館で働く人々、そして映画館そのものがこの映画の主人公でもあるようだ。

映画館の前には道路を挟んで海が広がる。外に出た時の解放感のある映画館。そうした場所を探してマーゲイトに行きついたのだろう。かつての遊園地Dreamlandの施設を映画館に仕立てて撮影は行われた。

映画館で働く人々

映画館の面々 左から ノーマン、スティーヴン、ジャニーン、ヒラリー、ニール
© 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

主人公は映画館でマネージャーとして働く40歳代の女性ヒラリー。つらい経験から暫く休職していた彼女が復帰してくるところから映画は始まる。一緒に働く映画館の仲間は彼女を暖かく向かえ入れる。そんな時新しいスタッフが入ってくる。大学で建築を学びたがっていた黒人青年スティーヴンだ。その夢が必ずしもスムーズに実現しないと分かっても、前に進む若さを持っている。彼のそうした姿勢に惹かれていくヒラリー。

遊園地に出かけたヒラリーとスティーヴン
© 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

スティーヴンは病院で働く母との二人暮らしだ。街を歩いていて、”生まれた国に帰りな、サル”と声をかけられる。不況が深刻化し、職を得られない若者の不満が差別発言に、そして暴力的破壊にも至ってしまう時代。
映画館を守ろう、映画の灯を消すまいとヒラリー以下のスタッフたちは協力しながら働いている。80年代では映画はフィルムを使って上映されている。フィルム缶の運搬から、フィルムの架け替えを含む上映にはそれなりの技術が必要だ。映写室をずっと守ってきた映写技師のノーマンは長くこの映画館で働いてきた。

ベテラン映写技師ノーマンと彼を手伝うスティーヴン
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登場人物は誰も何らかの傷を負いながら、それでも前に進んでいこうとしている。

『エンパイア・オブ・ライト』の俳優たち

主人公ヒラリーを演じるのはオリヴィア・コールマン。

ヒラリー(オリヴィア・ッコールマン)
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1974年生まれのイギリスの女優だが、調べる限り舞台での活躍は書かれていない。珍しくも舞台出身ではないようだ。それだからか、彼女ほど感情のままに演ずる俳優は珍しい。人物の感情が映像のクローズアップなどで手に取るように分かる。2018年の「女王陛下のお気に入り」で米アカデミー賞主演女優賞を受賞し、今最高に乗っている女優と言えるだろう。

若者スティーヴンを演じるのはマイケル・ウォード、1997年ジャマイカ生まれの25歳だ。主にテレビで活躍してきた。

スティーヴン(マイケル・ウォード)
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ベテラン映写技師ノーマンを演じるのはトビー・ジョーンズ。1967年生まれの55歳は、163㎝と小柄ながら、一度見たら忘れられない存在感のある俳優だ。数多くの映画、そして舞台でも活躍している。

ノーマン(トビー・ジョーンズ)
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映画館の支配人エリスを演じるのはコリン・ファース。2010年の「英国王のスピーチ」で米アカデミー賞の主演男優賞を受賞。幅広い役柄で多くの作品に出演している。

支配人エリス(コリン・ファース)とスティーヴン
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コロナ禍で”映画館がなくなってしまうのでは”と懸念したサム・メンディスが、今こそ映画館への愛を形にする時だと考えて生まれた映画。その熱い思いを受け止めてください。

公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/movies/empireoflight


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