笑って泣ける最高のコメディ『ゴヤの名画と優しい泥棒』(原題「The Duke」)
2月25日封切り
『ゴヤの名画と優しい泥棒』その時代背景
主人公一家が住むのは北イングランドの工業都市ニューカッスル、ロンドンから列車で約3時間にある、正式名ニューカッスル・アポン・タイン、つまりタイン川に面した北部イングランド最大の都市である。
時は1961年、この年、ロンドンのナショナル・ギャラリーがゴヤの名画を14万ポンドで購買したことがメディアで話題になっていた。当時の円との交換レートは、1ポンド=約1000円というもので、現在の貨幣価値で考えると1ポンド4~5000円ほどになるというから、結構な金額だ。絵画はワーテルローの戦いでナポレオンに勝利したウェリントン公爵アーサー・ウェルズリーの肖像画だ。
しかし、この絵画は展示されてから19日後に盗まれてしまう。1824年にロンドン・トラファルガー広場(三越のライオンのモデルになった4頭のライオン像がある広場ですね)に面して開館したナショナル・ギャラリー、まもなく200年になろうという美術館の歴史にとって唯一の盗難事件だという。この映画は実際の盗難事件という事実に基づいて作られた。
名もなきタクシー運転手の人生を懸けた大勝負
主人公は60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントン、ニューカッスルに妻ドロシーと次男ジャッキーの家族3人で住んでいる。彼がBBC宛に郵送物を投函した帰り、家に近づくと背広姿の二人の男が近所を回っているところに出会う。これはヤバいと家に入ったケンプトンがやったことは、テレビの後ろを開けてチューナーからコイルを除くことだった。彼の家にやってきたのはBBCの係員、テレビのある家がBBCの許可証を持っているかどうかをチェックに回っているのだ。ケンプトンは、コイルを外してBBCは映らないので、料金を払う必要はないという論理を展開するのだが・・・。
このあたりNHK不払い運動を思い出す。日本にはNHKだけを映らないようにする方法がないのは違うのだが。
14万ポンドあれば、多くの人、特にテレビを唯一の愉しみとする高齢者のBBC受信料を無料にすることができる。以前からBBC受信料の年金受給者無料運動を一人で行っていたケンプトンはこう考え、閉館後の美術館に忍び込み「ウェリントン公爵」を盗み出してしまうのだ。そして「公爵」を返してほしければ年金受給者には14万ポンド分の受信料を無料にしろと言う要求書を送付する。これには、事件を調べる警察も慈善のための盗難かと驚く。
ケンプトンは足の悪い老人がいれば無料でタクシーに乗せてクビになり、パン工場で一緒に働くパキスタン移民労働者が短い休憩しか取れないことに抗議してクビにされと、弱い者がいれば助ける、いわば町の英雄、自分がどうなろうともその方向に走ってしまうのだ。
町の英雄を支える家族たち
ケンプトンの妻ドロシーは、同じ町の議員の家で掃除婦として働きながら、職が定まらない夫に代わって家の経済を支えている。
メガネをかけて、髪型含め地味な服装で働くおばさんは、夫や息子たちを叱りながら慎ましく暮らしている。しかし、よく聞いていると旦那さんとは時に面白い会話をしていて、根は明るい人かもと思わせる。
「公爵」を持ってナショナル・ギャラリーに返しに行ったケンプトンは、当然ながら逮捕され裁判にかけられることになってしまう。裁判所でのやり取りが後半の見所であり、この作品自体の言いたいところである。
映画007にも登場、絵画「ウェリントン公爵」
この絵画は一度映画に登場している。007シリーズの第一作『007 ドクター・ノオ』だ。バントン夫妻が見に行った映画として、その場面がこの映画でも映される。イギリスで007が公開されたのは盗難事件の翌年1962年で、この時絵画はまだ見つかっていなかった。つまり、「ウェリントン公爵」を盗んだのはドクター・ノオというジョークとして描かれたことになる。
ちなみに、日本で『007は殺しの番号』という題名(後にリバイバル時に『007ドクター・ノオ』と変更された)で初めて公開されたのは1963年6月だった。
俳優たちと監督
ケンプトン・バントンを演じたのはジム・ブロードベントだ。1949年生まれの72歳。舞台俳優から始め、1985年以降は数多くの映画に出演している。ユーモアを感じさせる役柄が最も多いだろう。2001年の「アイリス」では米アカデミー賞助演男優賞を受賞していて、その演技は定評のあるところ。
この作品の二人の脚本家リチャード・ビーンとクライヴ・コールマンが次のような言葉を残している。”ケンプトン役はジム・ブロードベント以外に思いつかなかった。希望と同時に絶望感も表現できる俳優が必要で、ジムは難なくこなせていた”。ケンプトン役は彼の代表作の一つになることは間違いない。
ドロシー・ケンプトン役はヘレン・ミレン。1945年生まれの76歳。彼女も舞台からキャリアを始め、1970年代以降映画にも数多く出演してきた。2006年の「クィーン」でエリザベス2世を演じて米アカデミー賞主演女優賞を受賞したのをはじめ、世界の映画祭等で多くの演技賞を獲得してきた。2003年には大英帝国勲章を受勲し、デイムの敬称を冠してデイム・ヘレン・ミレンと呼ばれることもある。クールで、美しく優秀な人物を演じることが多い。演じる役柄が広いとはいえ、今回のドロシー役ほど彼女と分かりにくい役は初めてだ。いつも下を向いている上に、メガネをかけて少し暗い感じの人物を演じている。
監督はロジャー・ミッシェル。1956年生まれ。もっとも有名なのは「ノッティングヒルの恋人」だ。ちょっと変わった人物たちを愛情込めて描く監督。この映画の後、エリザベス2世のドキュメンタリーを監督していて今年公開の予定(日本では未定)だが、その公開を見ることなく昨年9月22日に65歳の若さで亡くなってしまった。「ゴヤの名画と優しい泥棒」は長編劇映画の遺作になってしまった。
町の英雄が見せてくれる、人生をみんなのために社会をよくすることに捧げた生き方を笑いと共にご覧ください。
『ゴヤの名画と優しい泥棒』
2022年2月25日(金)公開
映画前売券(一般券)(ムビチケEメール送付タイプ)
¥1,500