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イギリス映画談
『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』

人には時に、どんなに年月が経とうとも忘れられない出来事を心に持ち続けることがある。
人には時に、どんなことがあろうとも譲れない生き方をすることがある。
そんなことを感じさせ、考えさせる映画に出会った。
1939年から1986年に渡る物語、9歳の少年だった二人が56歳の男性になるまでの物語。

© 2019 SPF (Songs) Productions Inc., LF (Songs) Productions Inc., and Proton Cinema Kft

『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』12月3日(金)封切り

映画の始まりは1951年、ロンドンのコンサート会場。そこでヴァイオリニストとしてデビューする21歳のドヴィド・エリー・ラパポートは、開演時間を前にして突然姿を消してしまう。初めて出したレコードが評判を呼び、満席の客席には国会議員や貴族、批評家たちもが天才ヴァイオリニストのデビュー演奏を聞こうと待っている。しかし、彼は戻ってこなかった。
彼は9歳のときポーランドから父親に連れられてロンドンにやってきた。父親は息子に良いヴァイオリンの先生を見つけようとしていた。1939年といえば、ナチスドイツがポーランドに侵攻しようとしていた時期、ユダヤ人であるラパポートの父親にはそのことが頭にあったのだろう。
ロンドンで相談に乗ってもらったのは音楽業界にいたギルバート・シモンズだった。金銭的に余裕のないラパポート家を気遣ったギルバートは提案する。同じ9歳の息子マーティンの部屋に同室させることで、幼い天才をわが家で引き受けようと申し出たのだった。ラパポートの父親は安心してポーランドに帰っていった。ドヴィド・エリー・ラパポートはポーランドの家族が呼んでいたようにドヴィドルと呼ばれ、長くシモンズ家で過ごすこと事になる。

ロンドンの防空壕でヴァイオリンを弾くドヴィドルと見上げるマーティン
© 2019 SPF (Songs) Productions Inc., LF (Songs) Productions Inc., and Proton Cinema Kft

ロンドンにやってきて以来12年、天才のデビューを見守ろうと集まった人々の前から、忽然と消えてしまったドヴィドル。それから35年、彼の痕跡は全く見つけることはできなかった。この35年間、マーティン・シモンズはこの失踪事件を忘れることはなかった。同じ部屋で少年期を過ごしただけでなく、ドヴィドルのためにピアノ伴奏を引き受けてもいたのだ。初めは同じ部屋になるのが嫌だと喧嘩腰だったマーティンも、天才の技量は認めていた。ロンドンにやってきて間もなくナチスのポーランド侵攻が始まり、父ジグモント、母エスター、姉ペシア、妹マルカの家族4人が行方不明となった時、写真を見ながら泣いているドヴィドルを見て励まし、ドヴィドル、モットル(マーティンの愛称)と呼び合う親友になっていくのだった。

マーティンのピアノ伴奏でヴァイオリンを弾くドヴィドル
© 2019 SPF (Songs) Productions Inc., LF (Songs) Productions Inc., and Proton Cinema Kft

35年後、父と同じように音楽業界にいて、地方のコンクール審査員などで生計を立てているマーティンは、ニューカッスルのコンクールである少年ヴァイオリニストに出会う。演奏を始める前に少年はある仕草をするのに気が付く。その仕草はドヴィドルがしていたものと同じだった。そこからドヴィドルを探す旅が始まった。
映画はロンドンを主舞台としながら、ポーランドのワルシャワとトレブリンカ強制収容所、アメリカのニューヨークへと広がっていく。その旅では、一つにはユダヤ人、一つにはヴァイオリン(ドヴィドルが13歳になったユダヤ教の成人式バル・ミツバの時に、マーティンの父がお祝いに買い与えた名器ニコロ・ガリアーノ)がマーティンを導いていく。

トレブリンカの跡地で佇むマーティン
© 2019 SPF (Songs) Productions Inc., LF (Songs) Productions Inc., and Proton Cinema Kft

Wikipediaによれば、イギリスは世界で5番目に多くのユダヤ人が住んでいる国らしい。大都市ロンドンにはユダヤ人が多く住んでいる地区がある。35年前ドヴィドルが偶然たどり着いたのがそうした地区だった。周りの人たちが話しているヘブライ語が耳に入り、自分も自然にその会話に入っていく。そこにはユダヤ教の教会シナゴーグがあり、ラビ(ユダヤ教の宗教的指導者)がいて、人々に呼びかけ歌を歌う。

ドヴィドルの家族4人はトレブリンカ強制収容所に連れていかれたことが分かってくる。ワルシャワの北東90㎞程のところにあるトレブリンカ収容所は、ポーランドのユダヤ人絶滅を目的に遂行されたナチスのラインハルト作戦に沿って作られた三大絶滅収容所の一つで、73万人以上が虐殺されたという。1942年7月から14カ月ほどで収容所は閉鎖された。ユダヤ人による放火事件等もあり、現在建物等は残っていない。映画にはトレブリンカ収容所の跡地が出てくるが、長編劇映画に映されるのは初めてらしい。

35年後のコンサートでのドヴィドル
© 2019 SPF (Songs) Productions Inc., LF (Songs) Productions Inc., and Proton Cinema Kft

シナゴーグ( ユダヤ教の教会)に現れるラビ(ユダヤ教の宗教的指導者)は、トレブリンカ強制収容所にいたことがあるという設定だ。ユダヤ人の生き方には口頭伝承という文化があり、口伝えで多くのことを残している。彼等の生き方の規範となる律法も音楽にのせて語られ、記憶されているが、その歌は5日間も続くという。ラビが歌うのはトレブリンカで亡くなった人たちの名前である。記憶の中に長く残るように、忘れないように音楽にのせて名前を歌いつなぐ。何人もの歌い手と共に亡くなった全員の名前が歌われていくシーンは感動的だ。この映画の原題「The Song of Names」はここから来ている。

ゆっくり、祈るように歌われるこの「名前たちの歌」を作曲したのは、映画全体の音楽を担当したハワード・ショア。代表作「ロード・オブ・ザ・リング」ではアカデミー賞の作曲賞を受賞している。今回も力強い旋律を聞かせてくれる。
監督はハワード・ショアと同じくカナダ出身のフランソワ・ジラール。今までにも「グレン・グールドを巡る32章」「レッド・バイオリン」等音楽関係の映画を多く作っている。
2人の主人公、マーティンとドヴィドルの56歳を演じるのはティム・ロスとクライヴ・オーウェン、共にイギリスの俳優だが、ハリウッド映画にも数多く出演している。

キリストの誕生以来、長く中傷と迫害を受けてきたユダヤ人の生き方をヴァイオリンの名曲と共に見せてくれる映画、お勧めします。


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『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』

2021年12月3日(金)公開
映画前売券(一般券)(ムビチケEメール送付タイプ)
¥1,500

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