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イギリス映画談 ~スクーターギャングを通して今のロンドンの若者たちを描く『ガスト・アップ』~

2025年12月12日公開

© GASSED LIMITED 2023

今現在のロンドンの新しい犯罪?

スクーターギャングはスクーターを盗むギャングではなく、スクーターに乗っていろいろなものを盗むギャングたちだ。

街角でスマホを見ている人からひったくる
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映画が始まると、3台のスクーターに分乗した5人の男たちが走りながら、街中や公園で、スマホで会話している人たちから、さっとスマホをひったくっていく画面が続く。そんなことがありうるのかとちょっと驚く。かなりの激しさで多くの犯罪現場が描かれる。
2017年以降ロンドンではこうした窃盗が急増しているという。日本ではそうした犯罪はあまり目にしないし、またイギリスでそうした窃盗が多発していることも日本のニュース等では報道されていないのでは?

ロンドンの街角で
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この映画で見る限り、乗っているのはオートバイではなくスクーターだ。スクーターギャングという名称はその乗物からきている。

スクーターで走り回る作品を作った監督

この映画を監督したのはジョージ・アンポンサ。今までドキュメンタリー作品で高い評価を得てきたようだ。2011年のイギリス暴動のきっかけとなった警察による黒人男性マーク・ダガン射殺事件を扱った「The Hard Stop」、英国アカデミー賞にノミネートされた「Black Power: A British Story of Resistance」等の作品だ。残念ながら、こうした作品は日本では公開されていない。20年近く社会的テーマに向き合ったドキュメンタリーを作り続けてきて、この映画「ガスト・アップ」で初めて物語作品を手掛けたという。
ドキュメンタリーは基本的に社会のありのままの姿をとらえるところがあるので、その監督の作品であれば、スクーターギャングが実際に行われているのだろうと想像する。

5人の主人公たち

映画は5人のメンバーが集まってスクーターギャング団になるのだ。映画は始まるとすぐ5人のメンバーが紹介される。ローチ、ダブズ、カブズ、モール、アッシュの5人がこの順番に顔見世だ。最初は名前だけの紹介、どんな奴なのかはこの後のストーリー展開の中で語られる。カブズとアッシュが黒人、残りの3人は白人だ。基本的には若者といえる人たちだが、一人は既に子持ち、と言っても赤ちゃんのようだがと後で分かる。

主人公、20歳の黒人男性アッシュ
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物語の主人公はアッシュ、父親を早く亡くし、精神的に安定しない母親と14歳の妹ジャズと暮らす20歳の黒人青年だ。彼をこのギャング団に誘ったのは白人のローチ、学校時代からの友達だ。ギャング団のリーダーはいかにも兄貴格のダブズ、既に子持ちは黒人のカブズ、ちょっと線が細めの白人がモールだ。

グループの兄貴格、ダブズ
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この5人を演じた俳優は次の通り。

アッシュ:ステファン・オドゥボラ
ローチ:クレイグ・ミドルバーグ
ダブズ:タズ・スカイラー
カブズ:モハンムド・マンサレイ
モール:トビアス・ジョーウェット

5人が勢ぞろい 左からローチ、カブズ、アッシュ、ダブズ、モール
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この5人の俳優も含め、他の出演者にも日本で名の知られている俳優はいない。それだけにリアルな人物像が描けたともいえる。
なお、リーダー格のダブズを演じたタブ・スカイラーはこの映画の脚本をアーチー・マドックスと共同で執筆している。

決して順調ではない青春

5人は好きこのんでスクーターギャングをしている訳ではないだろう。誰も進んで悪事に手を染めようと思わないだろう。映画では彼らの心のうちは言葉では語られないが、アッシュがいつも空想をしている幸福そうな映像が時に挟まれる。

アッシュと女友達
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暴力的だった父親、父親が去った後、ドラッグ中毒の母親に育てられたアッシュとジャズ。兄と妹の間での会話で、彼女は兄のしていることを正しいこと、まともなことだとは思っていないことが分かる。もちろんアッシュもそう思っているが、他に生活費を稼ぐ手立てがなく仕方なくスクーターギャングの一員になっているのだ。

ショップに窃盗に入ったギャング
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5人は似たような貧しい家庭で育ったのだろう。アッシュだけではなく、誰もが生きるためにスクーターギャングになっているに違いない。ドングリなどの食べ物が不作で住宅街にまで下りてきて、人に危害を加えた今年の熊のように、貧困からスクーターギャングになるしかない状況だったのだろう。
その仕事も決して順調ではないことも映画は描いている。

音楽が映画を運んでいく

ロンドンの町を軽快にかけるスクーターに合わせて、音楽が流れ、主人公達の生活を彩る歌も聞くことができる。最近の音楽を聴いていないので詳しくはお伝え出来ないので、映画配給会社の資料から引用してみよう。

“Benzz「Je M’appelle」をバックに爽快にバイクが走り、幕を開ける本作。エレクトロニック・ダンスデュオJoy (Anonymous)のヘンリー・カウンセルが作曲した劇伴、Aitch、Digga DによるUKドリルやグライムなど物語 を彩るイギリスのストリート発の音楽が、シアターを揺り動かす。”

夜のロンドン
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にぎやかな描写の中に、ほろ苦さを感じさせる「ガスト・アップ」。ロンドンに出かける予定があれば、街中のスクーターギャングにはご注意ください。

公式サイト:RIGHTS CUBE『ガスト・アップ』

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