
芸術とデザインの粋を集めたヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)が、2025年初夏、待望の新施設「V&A East Storehouse(ストアハウス)」をロンドン東部にオープンしました。ここは、従来非公開だったV&Aの収蔵倉庫が、ついに無料で一般公開された画期的な空間。場所は、ロンドンオリンピックの会場だったクイーン・エリザベス・オリンピック・パーク内。これまで博物館の舞台裏にあった保存・修復・研究の現場が、来館者の目の前に広がります。筆者はサウスケンジントンのV&Aにはよく訪れますが、先日初めてロンドン東部のV&Aイースト・ストアハウスを見学しました。
V&Aイースト・ストアハウスの展示ハイライト:見逃せない注目コレクション5選
ストアハウスは、通常の「博物館展示」とは異なる形で、「舞台裏の世界を見せる」というコンセプトが特徴です。ここでは、従来非公開だった保管庫の中を一部ガラス越しに見学できるだけでなく、V&Aが所蔵する莫大なコレクションのうち選りすぐりの「眠れる名品」たちをじっくり見られます。特に注目されている展示を以下にご紹介します。
1. Torrijos Ceiling(トリホスの天井)
トリホスの天井は、スペイン・カスティーリャ地方のトリホスにある邸宅からイギリスへ移されたムデハル様式の木製格天井(アルタミラド)です。19世紀末にV&Aが購入し、長らく非公開のまま保管されてきたもので、今回の初一般公開が大きな話題となっています。
特徴
- 15世紀末~16世紀初頭のムデハル建築の傑作(イスラムとキリスト教様式の融合)。
- 非常に精緻な幾何学的パターンと星型装飾、複雑な木組み技術。
- 手作業による彩色が残る貴重な保存状態。
なぜ注目されるのか?
- 通常、こうした天井装飾は現地の建築内でしか見られないが、V&Aでは分解・移築され、天井が常設展示されているので、訪問者は真下からその構造と装飾を観察できる。
- 建築史、装飾芸術、幾何学デザイン、イスラム芸術に興味のある方には見逃せない展示。
2. Le Train Bleu stage cloth(バレエの舞台幕布)
1924年のバレエ「Le Train Bleu」の舞台幕布として使われた巨大なキャンヴァスは、ピカソの最大の作品と言われています。高さ10.4mx幅11.7mという大きさを生かしてド迫力で設置されています。
ここが面白い!
- 1924年の公演直前にピカソの原画(1922年作)を基に舞台用に再制作。
- 協力者7名による再制作だが、ピカソ本人も完成に感動して正式にサインを自ら記したと言われている。
- 1968年にV&A所蔵となったものの、めったに展示されてこなかった作品を一望できるのは非常に貴重。
3. Agra Colonnade(アグラ・コロネード)
アグラの柱廊は、インド北部アグラにあるムガル朝時代の建築装飾を構成していた白大理石製の列柱で、V&Aが19世紀に取得した貴重な建築遺構です。
特徴
- 元は17世紀後半の宮廷建築の一部(タージ・マハルと同時代)。
- 細密な彫刻が施された白大理石の柱やアーチ(ムカルナス)を含む。
- 柱やアーチは組み直されて再現展示されており、訪問者がその下を実際に通ることも可能。
見どころ
- イスラム・ヒンドゥー建築の融合を象徴する装飾:アラベスク文様、花モチーフ、象嵌(ぞうがん)技術など。
- 保存・修復の技術がガラス越しに紹介され、展示の背景にある博物館の使命を感じることができる。
写真映えするスポットとしても人気。建築や東洋美術に興味のある方は必見です!
4. The Kaufmann Office (カウフマン・オフィス)
世界的に著名な建築家フランク・ロイド・ライトがエドガー・カウフマン氏のために1935-37年に設計したインテリア作品。1974年にカウフマン氏の息子からV&Aに寄贈されました。
なぜ注目?
- ライトによる唯一完全な室内空間であり、米国外で展示されている数少ない作品。
- 保存状態も極めて良好。
展示内容
- スワンプサイプレス(沼杉)製合板パネル240枚以上で構成され、床、壁、天井すべて合板でおおわれている。
- デスク背面の幾何学的レリーフ(合板製)は、ライトが装飾は表層ではなく素材そのものに宿るべきとした彼の信念を体現。
- 家具、照明、テキスタイルすべてを含む「総合芸術」としての室内建築作品。
ライトの思想・美学・技術が詰まった希少な作品であり、現代の修復技術によって保存・再公開されています。建築史やデザインに関心のある方におすすめの展示です!
5. British Art Pottery(英国アート陶器)
英国アート陶器とは、19世紀後半~20世紀初頭にかけてイギリスで発展した美術工芸運動の中で生まれた装飾陶器の一群です。実用性よりも芸術性や職人の創造性が重視され、美しい釉薬、彫刻的フォルム、独特の装飾モチーフが特徴です。
展示の見どころ
- 通常の展示とは違い、保存庫内の「棚の中」にあるまま見学する形式。まさに「発掘」感覚!
- 色鮮やかな釉薬、ひとつひとつがユニークな形状で、陶芸・工芸愛好家には圧巻の内容。
- 展示エリアには、陶器制作の技術解説や釉薬の実験映像も併設されている。
ここが面白い!
- 実用陶器と美術陶器の境界が曖昧になっていく、アーツ・アンド・クラフツ運動の影響を体感できる。
- モリスやバーン=ジョーンズなどの芸術運動との関係性が学べる。
V&Aイースト・ストアハウスでは、どれも「収蔵展示エリア」に
これらのコレクションは、いわゆる「博物館の展示室」ではなく、収蔵庫と展示が一体化されたオープンストレージ型ギャラリー内にあります。
- 透明なケース越しに「棚に並んだまま」の状態で展示。
- スタッフによるガイドツアーやデバイスを使った補助解説もあり。
- リアルな修復現場を覗くことのできるエリアが公開ゾーンに併設されている。
- 特定の曜日やイベント日には、修復作業している様子をガラス越しに観察可能。
見学のヒント
- 一般入場は予約不要(無料)ですが、混雑時は入場制限があるため午前中の訪問がおすすめ。
- カバンやコートなどは入ってすぐのWelcome Spaceにあるロッカーに預けます。
- 倉庫施設ではどの階でも金網の上を歩くので、かかとの細いヒール靴などは適しません。歩きやすい服装で行きましょう。
- コレクションについて詳しく学びたい場合は、無料のOrder an Objectというサービスを使って、訪問の2週間前に予め見たいアイテムを注文し、スタディルームで間近に見ることができます。
刺繍ファンなら必訪:「Clothworkers’ Centre(クロスワーカーズ・センター)」
刺繍家の筆者が最も注目したいのが、「Clothworkers’ Centre for the Study and Conservation of Textiles and Fashion(クロスワーカーズ・センター)」。これは、V&Aが誇る膨大なテキスタイル・コレクション(衣装、刺繍、織物、レース、装飾布など)を収蔵・保全しつつ、研究目的で一般に公開する専門施設です。刺繍や衣服の歴史に関心のある人、そして実際にそれらの資料を間近に見たい人にとって、まさに聖地と呼べる場所でしょう。
Clothworkers’ Centreには、16世紀の貴族の礼服から20世紀のアヴァンギャルドなデザイナーズファッション、さらにはインドや中東の伝統刺繍まで、多岐にわたるテキスタイル作品が保管されています。現代では再現が難しい繊細な手刺繍、金糸や銀糸を用いた装飾布、王侯貴族の室内装飾に使われたタペストリーなども含まれており、デザインのインスピレーションを得たいクリエイターにも理想的な場所です。ただし、気軽に「ふらり」とは入れません!Clothworkers’ Centreは、展示室というよりは「リサーチ施設」。実際の保存資料にアクセスするには、事前予約制で、しかもいくつかの制限があります。以下に、訪問のために必要なステップをご紹介します。
閲覧のために必要なこと”予約の流れ”
- 目的を明確にする
この施設は、単なる観光施設ではありません。以下のような目的が必要です。
- 刺繍や衣服の調査研究
- 歴史的な技法の分析
- ファッションデザインのインスピレーション探し
- 博士論文や出版物のための資料確認
上記に当てはまらない場合でも、真摯な関心と具体的な目的があれば受け入れられることがあります。
- オンラインフォームから申し込み
予約は、V&A公式サイトのOrder an objectのページhttps://www.vam.ac.uk/info/order-an-objectから行います。事前に以下を準備しておくとスムーズです。
- 見たい資料の情報(V&Aのコレクション検索サイトで最大5つまで指定できる)
- 希望日時
- 同行者がいる場合はその名前
- 研究または見学の目的を簡潔に
- 人数と時間に制限あり
Clothworkers’ Centreは、1回の予約につき最大2名までの少人数制です。また、見学時間も1回あたり約2時間程度が目安とされており、午前・午後の2枠制で最長4時間まで。資料の保存状態によって準備に時間がかかるため、希望日の2~3週間前までの申請が推奨されています。
- 閲覧できる資料は事前申請制
閲覧できるのは、事前に指定したアイテムのみ。V&Aのコレクション検索サイト(Explore the Collections)を使って、「embroidery」「18th century costume」などのキーワードで探してみてください。
スタディルームでの注意点
- 手袋着用や資料の取り扱いに関する指示があり、スタッフの指示に従うことが必須。
- 鉛筆以外の筆記具は禁止(インクによる汚損防止のため)。
- 写真撮影は資料によって可能・不可が分かれるため、事前確認を。
- 飲食は禁止。荷物はロッカーに預ける必要がある。
もしあなたが、刺繍やテキスタイルに心を奪われる人ならClothworkers’ Centreを訪れることをお勧めします。目の前で何世紀もの歴史を刻んできた布を見る体験は、写真や本では得られない感動があります。
カフェ横の「引き出し式テキスタイル展示」
事前に閲覧アイテムを指定するのはちょっと…という方にも朗報です。1階カフェエリアのすぐ横にある一角には、来館者が自由に開けて中身を見ることができる「引き出し型展示ケース」が並んでいます。これはV&Aのテキスタイル・コレクションの中でも、特にデリケートで照明制限のある布製品を「保管しながら展示する」という革新的な方法で見せているものです。
展示されているもの
- 中世の刺繍断片、インドのカンタ刺し子、オスマン帝国のテキスタイルなど。
- 18~20世紀のヨーロッパのドレス装飾布、室内用タペストリー断片。
- 日本や中国の絹布や、草木染めの見本布もあり。
特徴
- 各引き出しにガラスの蓋がついており、布が保護された状態で間近に観察可能。
- 解説プレートには英語での時代・技法・地域の解説付。
刺繍・テキスタイルファン必見!
- 多くの布は通常の展示には出せない希少品。
- 触れることはできませんが、針目や織りの細かさが肉眼でじっくり見られる貴重なチャンス。
まとめ:体験としての「見る、探る、学ぶ」
ストアハウスは、単なる収蔵施設ではなく、「過去」と「未来」が交差する知の倉庫です。ここには「これまで展示されなかった名品」や、「修復・保存の現場」そして「アートと科学の融合」があり、見る人の好奇心を刺激し続けます。芸術の保存、再発見、そして教育的価値を肌で感じることができます。
V&A East Storehouseでは、閲覧したいアイテムをあらかじめ指定するのでなければ、予約なしに一般来館で自由に見学可です。また、アート・デザインに関するイベントやワークショップも随時開催されており、公式サイトでスケジュールをチェックしてから訪れると良いでしょう。2025年9月には新たにデイヴィッド・ボウイ・センターが、2026年春には近隣にV&A East Museumもオープンする予定。ロンドン東部にますます期待が高まります。
V&A East公式ページ: https://www.vam.ac.uk/east
V&Aイースト・ストアハウス”アクセス情報”
- 場所:V&A East Storehouse, Parkes Street, Queen Elizabeth Olympic Park, Hackney Wick, London, E20 3AX
- 入場料無料、予約不要(Clothworkers’ Centreは予約制)
- 開館時間:10:00~18:00、木曜日と土曜日は10:00~22:00
- 最寄駅:Hackney Wick駅から徒歩約8分またはStratford駅から徒歩約20分(駅からシャトルバスも10分ごとに運行)
Stratford駅からWestfieldというショッピングセンターの中を通り抜けていくことができます。写真のような道標をたどりながら歩いていきましょう!